『新・丹沢山ものがたり』CD本(加筆版)
第1章「大山と大山三ッ峰周辺」(165)

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▼07:大山の天狗伯耆坊

【略文】

大山は天狗の山。多くの天狗をとりしきるのが伯耆坊という大天狗。

名前の通り、もと鳥取県の伯耆大山にすんでいました。ここにはも

と相模坊という天狗がいましたが、平安末期香川県の白峰山に山移

りしたという。次いで伯耆大山から伯耆坊が移住してきました。そ

の祠が大山寺の脇に鎮座しています。

・神奈川県伊勢原市。

▼07:大山の天狗伯耆坊

【本文】
 神奈川県にある丹沢相模大山(さがみおおやま・1252m)は、石

を神格化した神である石尊大権現(せきそんだいごんげん)をまつ

っています。「大山まいり」という落語があるくらい、石尊大権現

を参拝するのはステータスだったという。



 この山は、近県はおろか遠く長野県のあたりにまで信仰されてい

たようです。JR篠ノ井線姥捨駅(おばすてえき)の近くの霊諍山

(れいそうざん)のずらりとならんだ奇怪な石仏のなかに相模大山

の石尊の石碑があります。



 「不動まで行くのも女だてらなり」。いまにも女性たちに怒られ

そうな川柳もあります。ここも江戸時代は女人禁制で、女性は山頂

の奥ノ院へは登れなかったといいます。しかし、途中の、昔大山寺

があった(いま下社あるところ)までは、女人禁制ではなかったと

いう。



 下社の所にあった大山寺は、明治維新の神仏分離令の時、大山ケ

ーブルの途中・不動前駅に移転させられました。大山寺の本尊は、

大聖不動明王です。そこで「不動まで行くのも女だてらなり」の川

柳が生まれたわけです。



 さて江戸時代、大山まいりに行くにはその前に水垢離をとるのが

しきたりだったといいます。大山石尊大権現参拝の唱え言葉に、「南

無帰命頂礼、さんげさんげ(懺悔懺悔)、六根罪障、おしめにはつ

だい(大峰八大の誤りといいます)、大山大聖不動明王、石尊大権

現、大天狗、小天狗」とあります。



 このように大山は天狗の山です。いまも、山頂奥ノ院には狛犬の

台座に、また下社から山頂へ登る途中の石尊大権現の石柱にも大天

狗、小天狗の文字が彫ってあるのが目につきます。



 大山には有象無象の天狗どもがすんでいるのだという。その我慢

邪慢(がまんじゃまん)の天狗どもを大親分天狗の「相模大山伯耆

坊(ほうきぼう)」が取り仕切っているのだそうです。この天狗は、

京都愛宕山(あたごさん)太郎坊、鞍馬山僧正坊(そうじょうぼう)

などとならんで「日本の八天狗」にも名を連ねています。



 伯耆坊という天狗は名前の通り、もと鳥取県の伯耆大山(ほうき

だいせん)にすんでいたからついた名前です。丹沢の大山にははじ

め、土地の名前・相模坊(さがみぼう)という天狗がいたそうです。

この相模坊が平安末期、香川県坂出市白峰山(しらみね)に山移り

し、次いで鳥取県の名峰・伯耆大山(ほうきだいせん)から伯耆坊

が移住してきたというのです。



 伯耆大山は、南北朝時代の抗争から伯耆の大山寺(だいせんじ)

の衆徒が派閥争いをはじめ、果ては互いの坊を焼き払い、とどのつ

まり大山寺まで炎上させる荒廃ぶり。それにあきれ果て、伯耆坊は

相模大山に移ってきてしまったのだといいます。その伯耆坊のホコ

ラがケーブル不動前駅の大山寺(相模)のわきに鎮座します。



 先に述べたように大山寺は、昔はケーブル終点の阿夫利神社下社

の所にあり、阿夫利神社の別当寺(神社の経営管理を行う寺)でし

た。が、明治初年、時の政府が神仏分離令を施行してから、廃仏棄

釈のあおりで、荒廃の一途をたどり、いまのところに降ろされまし

た。



 天狗の祠もいまの下社のとなりにあったという。ある時、天狗研

究家の知切光歳氏が、長年放置されていた伯耆坊天狗の祠の礎石を

発見。その材料をそっくり使って、昔通りの祠に再建したとききま

す。祠は参拝者に見向きもされず、それでも大切に大山寺にまつら

れています。またいまの阿夫利神社下社の登山道わきにも伯耆坊天

狗像の絵入りの石碑が建っています。



 1958年(昭和33)、正宗得三郎描いた絵をもとにして彫ったもの

だそうです。それにしても大山寺の天狗祠は鍵がかけられて厳重で

す。一度でいいから中を拝ませてもらいたいものですね。



 またこの山にはもう1狗(天狗は1狗2狗と数える)、阿夫利山

道昭坊(常昭坊とも)天狗がいることになっています。これは平田

篤胤(ひらたあつたね・江戸時代後期の国学者、神道家)が、門人

の下総国葛飾郡柏井村(いまの市川市柏井)の住人・中尾玄仲から

話を聞き、自分の著書『仙境異聞』という本の中で紹介しています。



 この天狗は、いまの東京都葛飾区新宿で旅籠を営む藤屋荘兵衛の

ところへ遊びに来て5、6日滞在、酒ばかり飲んでいたという。こ

のことを篤胤が『仙境異聞』に書いていますが、歴史的に新しく、

大山でも中級の天狗だろうと、研究家はみています。



▼【データ】
【山名】雨降山・阿夫利山(あふりやま・あぶりやま)、国御山(く

にみやま)、大福山(だいふくさん)、如意山・阿倍利山

【所在地】
・神奈川県伊勢原市と厚木市・秦野市との境。小田急小田原線伊勢

原駅の北6キロ。小田急伊勢原駅からバス、大山ケーブル駅からケ

ーブル利用下社駅下車、さらに歩いて1時間30分で丹沢大山。三等

三角点(1251.7m、現地確認)と写真測量による標高点(1252m・

標石はない)と阿夫利神社奥社と電波塔がある。地形図に山名と三

角点の標高、標高点の標高、阿夫利神社の建物の記号と電波塔の記

号の記載あり。

※「地図閲覧サービス」と「電子国土ポータルWebシステム」地形

図には三角点と標高点があるが、「基準点成果等閲覧サービス」地

形図には両方とも記入がない。

【ご利益】

・御利益:豊作祈願・無病息災・家内安全・防災招福・商売繁盛な

どの祈願。とくに水に関係のある火消し・酒屋、またご神体の刀に

関係のある大工・石工・板前などの商売繁盛の祈願)。

【位置】

・標高点:北緯35度26分27.06秒、東経139度13分52.3秒

・三角点:北緯35度26分26.72秒、東経139度13分52.5秒

【地図】

・2万5千分の1地形図「大山(東京)」(国土地理院「地図閲覧サ

ービス」から検索)。5万分の1地形図「秦野−東京」



▼【参考】

・『図聚 天狗列伝・東日本編』知切光歳著(三樹書房)1977年(昭
和52)

・『天狗の研究』知切光歳(大陸書房)1975年(昭和50)

 

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【とよだ 時】 山の画文著作
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【ゆ-もぁ-と】制作処
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