『新・丹沢山ものがたり』CD本(加筆版)
第1章「大山と大山三ッ峰周辺」

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▼05:下社の納太刀

【略文】
かつて大山参りをするには、木の太刀の大きさを競ってを奉納す
る習慣がありました。明治時代になり鉄道が走ってからは、車内
に大きな木刀を持ち込まれ、振り回され、危なくてしょうがあり
ません。そのため木刀の車内持ち込み禁止となり、いつか納め太
刀奉納の習慣はなくなっていったということです。
・神奈川県伊勢原市。

▼05:下社の納太刀

【本文】

 首都圏でおなじみの丹沢大山(1252m)は、石尊信仰で古くから有
名で江戸時代の落語にも登場するところ。石尊という位なので大
石がご神体。この自然石は明治の廃仏棄釈から守るため白布をま
いてその上にお宮を建てて隠したという。それが大山山頂の本宮
で、ご神体は宮司以外は見ることは厳禁だという。


 ところで大山ケーブルで下社駅からすぐにある阿夫利神社下社
は大山祇(おおやまずみ)大神、高おかみ(「?」雨の下に口を横
に3つならべ、その下に龍を書いた字)ノ神、大雷神が祭神です。
神社境内拝殿の右手、せまい地下通路の中に入ると霊水の湧く井
戸があり、参拝客はそれぞれひしゃくで水をすくって飲んでいま
す。


 さらに奥に進むと木刀のような太刀が無数に壁に掛けてありま
す。これは納め太刀といい、かつて大山参りをするにはこれを奉
納する習慣があり、当時は木太刀の大きさを競っていたといいま
す。これは大山石尊の御神体が大石(石剣)であることから、自
分の願いを祈るため、昔、武士たちが大事な刀を奉納したのがも
とになっているという。


 このように、大山信仰はもと武士階級からはじまりましたが、
のち庶民の信仰になるにつれ、刀剣が木太刀に変わったものらし
い。数百年にわたって奉納された刀剣が一時はおびただしい数に
のぼっていたましたが、戦時中の物資の供出でなくなってしまっ
たという。


 この木刀の納め太刀にも銘がはいっているそうです。小さいも
のは七〜八寸(21〜24センチくらい)、大きいものはおとなの身長
の2倍以上もあり「大願成就」「大山石尊大権現」などと書いて、
はるばる江戸から道中をかついできて、神前に納め、かわりに他
人が納めた木太刀を持ち帰りお守りにしたという。


 このしきたりは浮世絵などにも描かれています。明治時代にな
り鉄道が走ってからは、大きな木太刀を車内に持ち込まれ、振り
回されては危なくてしょうがない。そのため車内持ち込み禁止に
なりいつか納め太刀奉納の習慣はなくなっていったということで
す。



▼大山阿夫利神社下社【データ】
【所在地】
・神奈川県伊勢原市。小田急小田原線伊勢原駅の北6キロ。小田
急伊勢原駅からバス、大山ケーブル駅からケーブル利用下社駅下
車で阿夫利神社下社。地形図に神社の文字と建物記号のみ記載。
【ご利益】
・大山阿夫利神社:開運招福・商売繁盛・交通安全・厄除け
【位置】
・阿夫利神社下社:北緯35度25分56.07秒、東経139度14分16.24秒
【地図】
・2万5千分の1地形図「大山(東京)」



▼【参考文献】
・『あしなか・復刻版』第4冊(第73輯)(名著出版)1981年(昭
和56)
・『角川日本地名大辞典14・神奈川県』伊倉退蔵ほか編(角川書店)
1984年(昭和59)
・『古代山岳信仰遺跡の研究』大和久震平著(名著出版)1990年(平
成2)
・『日本歴史地名大系14・神奈川県の地名』(平凡社)1984年(昭
和59)

 

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