『新・丹沢山ものがたり』CD本(加筆版)
第1章「大山と大山三ッ峰周辺」

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▼01:大山は雨降山

【略文】
大山の山頂には阿夫利神社の本社が、中腹には下社、不動前には
大山寺があります。大山とは山頂にまつられている大山祇神から
ついた名前だそうです。大山は雨降山とも呼ばれます。山名の由
来については、頂上にいつも雲がかかっていて、雨がよく降るか
らという説などがあります。
・神奈川県伊勢原市と厚木市・秦野市との境。

▼01:大山は雨降山

【本文】
 丹沢の山には仏果山(ぶつかさん)、経ヶ岳、木ノ又大日岳、行者岳、
不動ノ峰、権現山など、仏教にちなんだ名前が多いようです。そういえば
最高峰の蛭ヶ岳も、別名は薬師岳だし、塔ノ岳も仏尊山の名もあります。
それもそのはずでかつてここは修験道の盛んな山域だったそうです。大
山(当山派)や日向薬師(ひなたやくし・本山派)に本拠のあった山伏た
ちは、いまから1200年も前に表尾根道を開き、修験道入峰修行の場に
していたといわれます。

 大山から表尾根をたどり、塔ノ岳にたどりついた山伏たちはさらに奥
へ、丹沢山から蛭ヶ岳へと進み、次々に名前をつけていったのだそうで
す。さて、この大山は奈良時代の霊亀(れいき)2年(716)、高僧行基
(ぎょうき・行基菩薩と呼ばれるほど人々に慕われた坊さん)が関東に来
た時、国分寺や日向薬師を造立後、大山をも開山しようとしましたが果た
せなかったといいます。奈良時代も後期になり天平勝宝(てんぴょうしょう
ほう)7年(755)、奈良東大寺別当(べっとう・寺務を統轄した長官)の良
弁(ろうべん)というお坊さんが開山したといわれています。

 良弁は、奈良時代の華厳(かげん)・法相宗(ほっそうしゅう)の学僧
(学問に優れた僧)(お坊さんはみんな学問に優れていると思っていたけ
ど)で、奈良市雑司町にある東大寺を開山した偉いお坊さんです。幼い
時に金色の鷲にさらわれ、のち成長して名僧になったという。

 鷲にさらわれてから30数年間もわが子を探し歩いた母が、風の便りに
偉いお坊さんになっていることを知り、東大寺に出かけました。しかし相
手は高僧ですから、面会も思うようにいきません。そこで二月堂の「大杉」
に事情を書いた札を立てておきました。それが良弁の目にとまり、やっと
再会できたという。このことは「良弁杉」の故事として有名になっています。

 江戸時代の地誌『新編相模国風土記稿』には、「……縁起(大山寺縁
起)に據(よる)に、往昔當山の嶺頭に五色の彩光あり、土人(住民)恠
(あやし)みて嶺上に至るに、地中に不動の石像あり、其後天平勝宝七
年僧良弁(ろうべん)山頂に攀(よじ)て不動を拝し、霊告を得て、不動の
像(明王社の神体是なり)を彫刻し、且堂舎僧坊等を造立す」とあります。

 良弁が、「住民たちが当山山頂から5色の光を発しているのを見て頂
に登り、不動明王の石像を得た」ことを聞き、山頂に登って不動明王と
会い、不動明王の石像を彫って、堂社49院を建立。その後八大坊を開
いたというのです。

 丹沢の大山(相模大山)の山頂には阿夫利(あふり)神社の本社があ
り、中腹にもその下社(しもしゃ)、また不動前には大山寺があります。大
山寺はかつて大山寺は雨降山大山寺(うごうさんだいさんじ)といい、石
尊社は大山寺の支配下になっていて、業務は一切仏式で行われていた
そうです。ところが明治維新の神仏分離の時、石尊社は神仏習合名であ
る石尊大権現の名をやめて大山寺から独立し、いまのような阿夫利神社
に改めたといいます。

 廃仏棄釈は、江戸時代、幕府が儒学を奨励、ことに宋学を推したこと
から神仏の関係は急変、仏教排斥の気運が高まっていきました。やがて
明治初年の神仏分離令つながり、仏像は壊されお堂は焼かれ、奈良時
代から伝わってきた貴重な文化財は焼失してしまいました。まるでどこか
の文化大革命のようだったという。その陰に当時の神道家の林羅山や平
田篤胤・本居宣長などの陰謀があったともいわれています。

 さて、大山とは山頂にまつられている大山祇神(おおやまづみのか
み)・山ノ神の名からついた名前だそうです。相模地方にあるので相模大
山とも呼ばれています。また雨降山、阿倍利山、阿夫利山などと書き、
「あふり、あぶり」と読んだりもします。その山名の由来についてはいくつ
かの説があります。まず、頂上にいつも雲がかかっていて、雨がよく降る
からという説。

 次にアイヌ語のアスプリ(偉大なる山という意味)が、なまってあぶりや
あふりになったとの説。また、古代には「しかばね」を山に葬る(はふる=
ほうむる)習慣があったといい、「はふり山」に転じたという説もあります。
大山はまた相模の国御(くにみ)岳で、昔から農神、海神とされ、信仰さ
れた山です。「国のみたまが、吾路山命(おおやまのみこと・大山祇神)
を生んだ」と地元の神話にあるそうです。

 山頂の阿夫利神社はご神体が石であるため、昔は石尊社、石尊大権
現と呼ばれ、商売繁盛、豊作祈願、無病息災の神として関東一円から信
仰され、「大山まいり」は落語にも出てくるほどのブームを呼んだという。こ
の山には不思議な話も伝わっています。

 江戸時代の国語辞典「和訓栞」(わくんのしおり)谷川士清(たにがわ
ことすが1709~76)に、明和乙酉(2年、1765年)の7月に相州雨降山
(大山)に(雷獣が)落ちたるも猫よりは大きく、ほぼ鼬(いたち)に似て色
鼬より黒し、爪五つありて甚だたくまし、と記載。昔ここに落雷の時あらわ
れ雷獣に似た獣が雷とともに落ちてきたという話もあります(『日本未確認
生物事典』)。

 またこの山は天狗の山でもあります。かつてここには相模坊(さがみぼ
う)という大天狗がいました。しかし平安末期、香川県の白峰(しらみね)
に山移りしてしまい、次いで鳥取県の伯耆大山(ほうきだいせん・1729
m)から別の天狗・伯耆坊(ほうきぼう)が移住してきたというのです。その
伯耆坊のホコラがケーブル不動前駅の大山寺の左側わきに鎮座、また
阿夫利神社下社わきには伯耆坊の姿を彫った石碑もあります。

 ここには別の大天狗がもう1狗(天狗は1狗2狗と数える)いることになっ
ています。阿夫利山道(常)昭坊といい、平田篤胤が門人の下総の国柏
井村の中尾玄仲から聞いた話をその著「仙境異聞」に紹介したもの。内
容は『天狗列伝』(知切光歳)によれば、下総の国東葛飾郡新宿の旅館
の主人藤屋荘兵衛は熱心な大山信者だったという。ある日の午後、急に
思い立ちお参りに出発しました。

 荘兵衛が2キロも行かないうち、「柿色の絹を着て髪長く、山伏の如き
人の、凡人より眼大きく、すさまじげなる」男が道ばたで待っていて、荘兵
衛を背負い、虚空を飛んで大山まで連れて行ったという。そしておまいり
をすますと、また空を飛び、出会った場所におろしてくれました。そして
近いうちにおまえの家に行くからといって別れました。

 その後約束通り訪ねてきて、荘兵衛と酒を酌み交わしながら5,6日逗
留して帰って行ったという。滞在中に荘兵衛が記念のため何か書き残す
よう頼んだところ「日向国坂野上。常昭山人」と記し、田村氏と署名、それ
に常昭という法号と出身地、田村という苗字までは分かり、話の中で大山
にすんでいるといっていたというのです。

 この阿夫利山道昭坊天狗については、篤胤が『仙境異聞』に書いて
以来、島田幸安、宮地堅磐など門人たちが、「幽界で常昭を見た」とか、
「道昭のうわさを聞いた」とかいろいろな本に書いています。が、こうした
道昭のうわさ話は、平田篤胤一派の神道家以外だれもいないという。さら
に阿夫利神社の神職でさえ、常昭坊のことを全然知らないというのです
から困ったことになってしまいます。



▼大山【データ】
【所在地】
・神奈川県伊勢原市と厚木市・秦野市との境。小田急小田原線伊
勢原駅の北6キロ。小田急伊勢原駅からバス、大山ケーブル駅か
らケーブル利用下社駅下車、さらに歩いて1時間30分で丹沢大山。
三等三角点(1251.7m、現地確認)と写真測量による標高点(1252
m・標石はない)と阿夫利神社奥社と電波塔がある。地形図に山名
と三角点の標高、標高点の標高、阿夫利神社の建物の記号と電波塔
の記号の記載あり。
【ご利益】
・阿夫利神社:御利益:豊作祈願・無病息災・家内安全・防災招
福・商売繁盛などの祈願。とくに水に関係のある火消し・酒屋、
またご神体の刀に関係のある大工・石工・板前などの商売繁盛の
祈願)。
【名山】
・「日本三百名山」(日本山岳会選定):第235番選定:日本百名山
以外に200山を加えたもの。
【位置】
・大山標高点:北緯35度26分27.09秒、東経139度13分52.22秒
・大山三角点:北緯35度26分26秒.9251、東経139度13分53秒.1146
【地図】
・旧2万5千分の1地形図「大山(東京)」



▼【参考文献】
・『角川日本地名大辞典14・神奈川県』伊倉退蔵ほか編(角川書店)
1984年(昭和59)
・『古代山岳信仰遺跡の研究」大和久震平著(名著出版)1990年(平
成2)
・『山岳宗教史研究叢書・8」(日光山と関東の修験道)宮田登・
宮本袈裟雄編(名著出版)1979年(昭和54)
・『山岳宗教史研究叢書17・修験道史料集(T)」五木重編(名著
出版)1983年(昭和58)
・『新日本山岳誌」日本山岳会(ナカニシヤ出版)2005年(平成17)
・『新編相模国風土記3』(大日本地誌大系21)編集校訂・蘆田伊人
(雄山閣)1980年(昭和55)
・『図聚 天狗列伝・東日本編」知切光歳著(三樹書房)1977年(昭
和52)
・『天狗の研究」知切光歳(大陸書房)1975年(昭和50)
・『日本歴史地名大系14・神奈川県の地名」(平凡社)1984年(昭
和59)

 

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