『新・山の神々いらすと紀行』
画と文・とよだ 時

第9章 近畿の山々

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■13:大峰山の天狗

【本文】

 全国各地の山々80〜90座を開山したと伝えられる役ノ行者小

角。その行者にいつもぴたりと寄り添い、その修行を妨げる外敵

を退けている2匹の鬼がいます。神社などの石像やお札などでお

なじみの前鬼・後鬼(ぜんき・ごき)です。



 前鬼・後鬼は、仲のいい夫婦の鬼とも伝えます。前鬼が赤眼と

いって夫鬼、後鬼は黄口で女房だとされています。酒に酔い眼を

赤くして歌を唄う夫鬼を、黄色い口をあけて笑う妻の鬼の姿なの

だそうです。



 この鬼たちは、もともと大阪市と奈良県生駒市の境にある、聖

天さんでおなじみの生駒山(642m)にすみ、旅びとを襲った盗賊

だともいいます。役ノ行者39歳、西暦672年(天武元)の時、行

者が修行のため同県平群町の信貴山(437m)の般若窟に籠ります。



 すると、どうも行者修行の邪魔をするものがいます。見ると身

の丈3m、牙を生やした2匹の鬼でした。行者に見つかり鬼たち

は慌てて逃げ出します。行者はそれを飛天の術で追いかけて、つ

いに生駒山の南東(奈良県側)で捕えます。さらに髪をつかんで

南西(大阪側)まで引きずって行き、鬼たちの髪を切って妖力を

封じ込めてしまったという。その鬼を捕まえた所が生駒市の「鬼

取の里」、そして髪を切った所が東大阪市の「髪切の里」として残

っています。それぞれの場所に鬼取山鶴林寺、髪切山慈光寺があ

り、地名伝説になっています。



 こうして折伏(しゃくぶく)された前鬼・後鬼の2匹の鬼は善

童鬼・妙童鬼とも称し、役ノ行者の身辺を守る従者になります。

弟子としては行者の第一号的存在ながら、いつも後輩としての末

弟の位置に甘んじ、ただ献身的に仕える行者の従者だったそうで

す。



 701年(大宝元)6月7日、役ノ行者がその母とともに昇天(の

ち仙人になって唐へ渡る)してからは、前鬼・後鬼の2鬼は大峰

山中に「前鬼の里」を開拓。自ら天狗に化身して役ノ行者の遺志

に従い、大峰山を守護したという。



 前鬼の里は、大峰山系吉野と熊野の境の奈良県下北山村にある

小集落です。近鉄吉野線大和上市駅から特急バスで2時間半、さ

らに山道を歩いて3時間という所。大峰山脈・釈迦ヶ岳の南方の

「太古の辻」から東側にしばらく下った所です。東南側が明るく

気持ちよく開けています。



 前鬼・後鬼の子孫は江戸時代までに5家にわかれ、鬼熊、鬼上、

鬼継、鬼助、鬼童の姓を名乗り合わせて五鬼といい、いまでも小

仲坊(五鬼助氏)の上段には、それぞれの屋敷跡が残っています。

小仲坊の下段の平地はキャンプ場になっています。



 前鬼の里に最近建てられた50畳もあろうかというりっぱな宿

坊。真新しい畳と柱の臭い。公衆電話もあります。私が訪れた時

ご主人は留守で、新しい宿坊を勝手に使うようにとの貼り紙があ

りました。私のほかに人影もありません。それでは遠慮なく今夜

は50畳の真ん中に大の字になって寝させてもらおう。



 附近を散歩します。石垣にかこまれた行者堂前の庭を、2mも

ある蛇が通り過ぎていきます。雌を気遣いながら通りすぎる姿が、

仲の良かったといわれる前鬼・後鬼夫婦をほうふつとさせ印象的

でした。



▼【参考文献】
・『役行者伝記集成』銭谷武平(東方出版)1994年(平成6)
・『鬼の研究』知切光歳(大陸書房)1978年(昭和53年)
・『角川日本地名大辞典29・奈良県』永島福太郎ほか編(角川書店)1990年(平成2)
・『山岳宗教史研究叢書11・近畿霊山と修験道』五木重編 (名著出版)1978年(昭和53年)
・『山岳宗教史研究叢書16』「修験道の伝承文化」五記重編 (名著出版)1981年(昭和56)
・『新日本山岳誌』日本山岳会(ナカニシヤ出版)2005年(平成17)
・『図聚天狗列伝・西日本編』知切光歳著(三樹書房)1977年(昭和52)
・『天狗の研究』知切光歳(大陸書房)1975年(昭和50)

 

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