『新・山の神々いらすと紀行』
画と文・とよだ 時

第9章 近畿の山々

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▼06:大和葛城山の土蜘蛛

【略文】
大昔、葛城山に土蜘蛛が住んでいて、暴れ廻るので葛の蔓の網で捕
らえたという。土蜘蛛は、古代に朝廷に服従しなかった先住の人た
ちのことで、このあたりは、古代から大和朝廷に従わない部族が多
かったらしく、時々このような記述を見かける。
・奈良県御所市と大阪府千早赤阪村との境

▼06:大和葛城山の土蜘蛛


【本文】

大和葛城山の山頂からロープウエイのある天神ノ森へ向かう道はな

だらかな舗装道路がつづきます。その途中に立て札があって、こん

なことが書かれています。



1200年前に編集された『日本書紀』の神話のなかに大昔、葛城山

に手足の長い土蜘蛛のような古代人が住んでいて、暴れ廻るので、

その人たちを葛(かづら)の蔓で編んだ網で捕らえた。



だからこの山一帯をかつらぎといった。そのころこの山系は金剛山

をも含めてすべて葛城山と称していた」とあります。



土蜘蛛は、古代に朝廷に服従しなかった先住の人たちのことを中央

から蔑視して呼んだ称だそうで、『古事記』(中巻)や『日本書紀』

の(神武紀)、『常陸国風土記』などの神話や伝説にも登場していま

す。



『日本書紀』では、巻第三・神武天皇即位前紀己未年二月条)に「…

又高尾張邑(たかをはりのむら)に、土蜘蛛有り。其の為人(ひと

となり)、身(むくろ)短くして手足長し。侏儒(ひきひと)と相

類(あひに)たり。皇軍(みいくさ)、葛(かづら)の網を結(す)

きて、掩襲(おそ)ひ殺しつ。因(よ)りて改めて其の邑(むら)

を号(なづ)けて葛城(かづらぎ)と曰(い)ふ」(「岩波文庫日本

書紀・1」)と、地名の由来を解説しています。



土蜘蛛は、背が低いが手足が長く、洞くつに住んでいて、よその国

の人が来るとその穴にかくれてしまうという。この大和の国、葛城

地方は古代から大和朝廷に従わない部族が多かったらしく、時々こ

のような記述を見かけます。



大和葛城山の南、金剛山の東麓・高天集落の付近にも土蜘蛛が住ん

だあととされる「蜘蛛窟」があり、見に行ったたことがあります(山

旅通信【ひとり画展】612号)。



▼大和葛城山【データ】
【所在地】
・奈良県御所市と大阪府千早赤阪村との境。和歌山線・近鉄五所線
五所駅からバス葛城ロープウェイ前下車・ロープウェイで葛城山上
駅、歩いて30分で大和葛城山。二等三角点(959.2m)がある。そ
のほかは何もなし。地形図に山名と三角点の標高を記載。三角点よ
り東北方向120mに葛城ビジターセンターがある。三角点より方向
272mに国民宿舎がある。
【位置】
・三角点:北緯34度27分22.2秒、東経135度40分56.26秒
【地図】
・2万5千分の1地形図「御所(和歌山)」



▼【参考文献】
・『日本歴史地名大系30・奈良県の地名』(平凡社)1981年(昭和56)
・『古事記』:新潮日本古典集成『古事記』西宮一臣校注(新潮社)2005
年(平成17)
・『日本大百科全書15』(小学館)1987年(昭和62)
・『日本書紀』:岩波文庫『日本書紀1』坂本太郎ほか校注(岩波書
店)1996年(平成8)

 

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