『新・山の神々いらすと紀行』
画と文・とよだ 時

第9章 近畿の山々

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▼04:生駒山・役ノ行者と夫婦鬼

【略文】
山腹には「生駒の聖天さん」の名で親しまれる宝山寺があり、山頂
には遊園地もある観光地生駒山。奈良県側、大阪府側山ろくには鬼
取山鶴林寺や髪切山慈光寺があり、役ノ行者が2匹の夫婦鬼、前鬼
後鬼を捕まえ髪を切って改心させた地でもあります。
・大阪府東大阪市と奈良県生駒市にまたがる。

▼04:生駒山・役ノ行者と夫婦鬼


【本文】

 奈良県・大阪府境の生駒山は、山頂部は穏やかな平坦面で、山頂

には、遊園地や各局テレビ塔が林立、いまは近鉄生駒駅からケーブ

ルが通じ、同山地上を信貴生駒スカイラインが縦走した観光地。山

腹には宝山寺があり「生駒の聖天さん」の名で親しまれています。

胆駒山(いこまやま)とか生馬山(いこまやま)、射駒山(いこま

やま)、伊故麻多可禰(いこまたかね)などとも書かれます。山名

は駒山・伊駒山からの転訛したものといい、応神天皇(おうじんて

んのう)のころ、百済(くだら)の王から献上された馬をこの地に

放牧したところからきているといいます。一般に「こま」は朝鮮地

方の高原を意味するという。



 こんなに庶民に親しまれている山も、昔は神秘な山であったらし

く、生駒山で神火がみえたとか、この山に天狗が入ったなどのうわ

さが流れていたようです。ここは『日本書紀』や『万葉集』にも登

場する山です。『日本書紀』巻第三(神武天皇即位前紀戊午(つち

のえうま)年四月)の条に、天皇の率いる軍隊が「夏四月(うづき)

胆駒山(いこまのやま)を踰(こ)えて、中洲(うちのくに)に入

らむと欲(おもほ)す。時に長髄彦(ながすねびこ)聞きて曰はく、

…」とあります。



 神武天皇が胆駒山を越えて、大和に入ろうとしたとき、地元の豪

族・長髄彦(ながすねひこ)が、「天神の子らが来るのは、我が国

を奪うつもりであろう」といって兵を起こし、孔舎衛坂(くさえの

さか・大阪府枚岡市日下町)で戦ってきたのです。流矢(いたやぐ

し)が、五瀬命(いつせのみこと)の肱脛(ひぢはぎ)に当たった

りして、皇帥(みいくさ)は進撃することができなくなりました。



 それに対し天皇は、「私は日神の子孫なのに、日に向かって敵を

討つのは、天道に逆らっている。いったん停止せよ。」とおおせら

れ、皇帥(みいくさ)を率いて帰られた。敵もあえて攻めてこなか

ったウンヌン……とあり、軍を引いたことが書かれています。



 また同じ『日本書紀』の巻第二十六(斉明天皇元年五月)の条に

は、「夏五月(さつき)の庚午(かのえうま)の朔(ついひたちの

ひ)に、空中(おほぞらのなか)にして竜(たつ)に乗れる者有り。

貌(かたち)、唐人(もろこしびと)に似たり。青き油(あぶらぎ

ぬ)の笠(かさ)を着(き)て、葛城嶺(かづらきのたけ)より、

馳せて胆駒山に隠れぬ。午(うま)の時に及至(いた)りて、住吉

(すのえ)の松嶺(まつのみね)の上より、西に向ひて馳せ去(い)

ぬ。」の記事が見えます。



 …夏5月1日、大空に竜に乗った者が現われ、顔かたちは唐の人

に似ていた。油を塗った青い絹で作られた笠をつけ、葛城山の方か

ら、生駒山の方角に空を馳せて隠れた。正午頃に住吉の松嶺まつの

みね(地名か)の上から、西に向って馳せ去った、というのです。



 これは生馬仙という仙人で、『元亨釈書』(げんこうしゃくしょ)

(虎間師練(こかんしれん)著・元享2・1322年・鎌倉時代の歴

史書)にも、「寛平年間(889〜898)に、摂州住吉(いまの大阪府

大阪市住吉区)の人、生馬仙の住む山」だとされていたそうです。

また江戸時代前期の貞享2 (1685) 年刊の『西鶴諸国咄』(井原西

鶴作)にも記載があることから、生馬仙の存在は江戸時代まで知ら

れていたようです。



 ここは金剛山地の北につづく山地で、岩場にも恵まれているため、

修験道発祥の地「葛城修験」の北の行場となっています(諸山縁起)。

この伝統は近世にも引き継がれ、延宝6年(1678)に般若窟で修行

をした湛海(たんかい・江戸時代前期〜中期の僧)が宝山寺(現門

前町)を中興しています。金剛山からこのあたりにかけては、役ノ

行者の生家も近く、自ら修行した地でもあります。



 いま各地でよく見る役ノ行者の石像には、2匹の鬼がピタリとよ

りそっています。前鬼、後鬼といい、役ノ行者の修行の邪魔をする

敵を除ける従者で、兄弟だとも夫婦鬼だともいいます。前鬼は赤眼

でおのを持ち、後鬼は黄色い口をしているという。酒を飲み、眼を

赤くして歌を唄っている夫鬼を、黄色い口を開けて笑う女房鬼をあ

らわしているのだとか。もともとは生駒山に住んでいた盗賊だとも

いわれます。



 西暦673(天武元)年、役ノ行者39歳の時、奈良県平群町にあ

る信貴山(しぎさん)の般若窟にこもります。しかし、この修行を

はばむ外敵がいます。牙をはやした2匹の鬼で身の丈3m。あまり

うるさくつきまとうので、怒った行者が空を飛び、鬼を追いかけ生

駒山の奈良県側(いまの生駒市鬼取の里・鬼取山鶴林寺)で捕まえ、

大阪側(いまの東大阪市髪切(こぎり)の里・髪切(こぎり)山慈光寺)

に連れて行き、髪を切って鬼たちを折伏(しゃくぶく)させたとい

う(『役行者御伝記図会』(1850年・嘉平3年刊)。



 このように行者の忠実な従者になった鬼たちは、吉野大峰山を開

く時も献身的に行者をたすけ、のち、行者の遺志どおり天狗になっ

て前鬼の里(奈良県下北山村)に住みつき大峰山を守ったという。

いまでも前鬼の里で、その子孫といわれる人たちが宿坊を経営して

います。



 また『役公徴業録』には、次のような記事もあります。…白雉五

年(654)、役公(役小角)は21歳のとき、断髪山(河内国河内郡

にある、現東大阪市東豊浦町髪切山(こぎりさん)慈光寺がある)

に登った。山中には、雄は赤目、雌は黄口という鬼がすんでいた。

鬼一、鬼次、鬼助、鬼虎、鬼彦の5子を生んでいた。公は方便とし

て、その最愛の鬼彦という子を捕まえて鉢の中に隠した。



 2人の親鬼は顔色を土のようにして四方八方に子鬼を探してまわ

ったがいなかった。ついに公の所へ来て子鬼を助けてくれるよう指

示を願い出た。公は親鬼にいった。「汝らはいつも人の子を害して

いるのに、どうしてわが子ばかりを愛するのか」親鬼は答えた。「わ

しらは、はじめは鳥や獣を食べていたが、もはや食い尽くしてしま

った。それで、ついに人の子を食べるようになった」。



 そのとき、空中から大きな声が聞こえた。それは不動明王の声だ

った。金剛の体に火焔は猛烈、眼光はきらめく稲妻のように輝き、

とどろく雷のようだった。不動明王は手に利剣をかかげて、長い策

(さく・大縄)を持って悪魔をよく降伏させていた。金羽鳥(孔雀)

のように力を奮って、毒龍を討つことができた。公は、親鬼に向か

って、「汝ら人を害するのをやめ、改心せよ。もし改めないならば、

不動明王の怒りにあい、汝らはあとで臍(ほぞ)をかむぞ」と告げ

た。



 2鬼は大いに恐れ驚き、頭を地にすりつけ角を崩して最敬礼をし

て、「わしらは人を食うのを禁止されると飢え死にしてしまう。ど

うか願わくばあわれと思い、情けを与え給え」と願った。「われに

は神呪(じゅ)があるから、汝らもこれを唱えよ。青虫も、ヂガ虫

に変えることができるではないか。汝らも人間に化けられる。」と

役行者。そこで2人の親鬼と5人の子鬼は、行者の言葉通り呪文を

唱えて、ついに人になることができたという。



 それから彼らは、木の実を採り水を汲み、真木を拾って、行者の

食事を作るようになりました。さらに役行者は、夫を前鬼、妻は後

鬼と改名するよう命じました。そして前鬼、後鬼は出家、堂を建て

増しし、また精舎を建てて慈光寺としました。世に髪切山鬼取寺(慈

光寺)と称したのだそうです。現在はこの慈光寺とは別に、奈良県

側、生駒市鬼取町に鬼取山鶴林寺があるのは前述のとおりです。




▼生駒山【データ】
【所在地】
・大阪府東大阪市と奈良県生駒市にまたがる。近鉄奈良線生駒駅の
南西2キロ。近鉄奈良線生駒駅から1時間30分で生駒山。。一等三
角点(642.0m)がある。
【位置】
・三角点:北緯34度40分42.54秒、東経135度40分44.42秒
【地図】
・旧2万5千分1地形図名:生駒山。



▼【参考文献】
・『役公徴業録』(えんこうちょうごうろく)(高祖徴業録とも)(宝
暦のころ)祐誠玄明著。
・『役行者御伝記図会』(1850年・嘉平3刊・江戸後期)藤東海著。
・『役行者伝記集成』銭谷武平(東方出版)1994年(平成6)
・『角川日本地名大辞典29・奈良県』永島福太郎ほか編(角川書店)
1990年(平成2)
・『角川日本地名大辞典27・大阪府』竹内理三偏(角川書店)1991
年(平成3)
・『西鶴諸国咄』(さいかくしょこくばなし):浮世草子。井原西鶴
作。江戸時代前期刊。
・『新日本山岳誌』日本山岳会(ナカニシヤ出版)2005年(平成17)
・『日本山名事典』徳久球雄ほか(三省堂)2004年(平成16)
・『日本書紀』720年(養老4):岩波文庫『日本書紀』全5巻(校
注・坂本太郎ほか)(岩波書店)1995年(平成7)
・『日本歴史地名大系30・奈良県の地名』(平凡社)1981年(昭和56)

 

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