『新・山の神々いらすと紀行』
画と文・とよだ 時

第8章 東海(富士山)・北陸の山々

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■05:白山・御前峰の天狗白峰大僧正・泰澄上人

【略文】
白山とは御前峰、大汝峰、剣ヶ峰の3峰の総称。これらの峰から少
し離れた南方に別山があります。奈良時代、越ノ大徳とも呼ばれる
泰澄上人が弟子の臥(ふせり)行者と浄定(じょうじょう)行者を
連れて登り修験の山としました。のち、泰澄上人は御前峰にとどま
り白峰大僧正という天狗になって白山全体を守っているという。
・石川県白山市と岐阜県白川村との境

■05:白山・御前峰の天狗白峰大僧正・泰澄上人


【本文】

 北陸の名山・白山(石川県白山市と岐阜県白川村の境)は、日

本海に面しているために積雪が多く、文字どおり「白い山」。白く

輝くこの峰々の美しさは、古くから世に知られ、万葉の時代から「越

のしらみね」と詠われました。また海上からも一目でそれと分かり、

格好の航路の目標になっています。



 この山はまた、川を分ける水分の山にもなっており、石川県の「手

取川」、福井県の福井平野を流れる「九頭竜川」、岐阜・愛知県の濃

尾平野に流入する「長良川」など、みなこの山から発する大河です。



 白山の山頂部は3つに分かれ、主峰の「御前峰」(ごぜんがみね)、

北にある「大汝峰」、その間に「剣ヶ峰」があります。御前峰から

稜線を下ると「別山」のピークがあります。御前峰には「白山奥宮」

が鎮座。別山には「白山三所権現」のひとつがまつられています。



 山頂に至る登山道を、禅定道(ぜんじょうどう)といい、3つの

山ろくに馬場という登山口があります。「加賀馬場」、「越前馬場」、

「美濃馬場」の3口がそれで、それぞれ独自に発展した白山信仰の

拠点になっています。いま全国にある「白山社」はこれらの馬場を

通じて勧請されたもの。



 大昔からふものとの民衆に親しまれてきた山の神である白山は、

同時に山ろくに水をもたらす農業の神でもあります。また海上航行

の目標としての安全の神、すなわち「水神」でもあるのです。



 この神は「白山比盗_」(しらやまひめがみ)という名で平安時

代の『延喜式』神名帳にも記載され、仏教渡来以前から信仰を集め

ていたようです。この山を開いたのは、奈良時代の養老元年(717)、

越前国出身の越ノ大徳(こしのたいとく)とも呼ばれる泰澄上人。

上人が、弟子の臥(ふせり)行者と浄定(じょうじょう)行者を連

れて白山に登って「白山妙理大菩薩」という神を感得したのだとい

う。(ただ白山妙理権現は泰澄大徳そのもという説もあります)。



 泰澄上人は、福井県の越知山(おちさん)のふもとの麻生津(あ

そうず)(いまの福井県福井市)の豪族である三神安角(みかみの

やすずみ)という人の二男として生まれました。彼はこども時代か

ら後ろにそびえる越知山(おちさん)(標高612.5m)を、自分の

庭のように自由に駆けまわっていました。



 もともとずば抜けた才能があったらしく、当時全国を行脚してい

た道昭上人が泰澄を見て、「これ神童なり、善く保愛を加えよ」と

誉めたたえたという。泰澄は次第に山に入ったきり帰らない日が増

え、ついに出家して山の洞窟に籠もって、松葉を食べ藤の皮を身に

まとい修行に明け暮れる毎日。ついに神通力を得たという。



 ある時、石川県能登からやってきた少年が入門しました。少年は、

師の行験をいつか会得して臥(ふし)行者と呼ばれるようになりま

した。それから少し遅れて運送船の船頭、神部浄定(きよさだ)が

入門。浄定も修行の末、浄定行者(省略して浄(じょう)行者)と

呼ばれるようになりました。二人の弟子はまるで泰澄上人の左右の

腕のように尽くしました。そしてついに奈良時代の養老元年(717)、

二人の弟子とともに、白山の山頂に登り「白山妙理大菩薩」を感得

したのでした。



 さて白山の山頂で「白山妙理大菩薩」を感得した泰澄上人は、白

山妙理大菩薩の眷属で、白山の四万七千三百町歩という広大な山々

谷々を守護する神使たち、すなわち禅師王子・児宮童子・一万眷属

・十万金剛童子・五万八千采女・天狗などを統括する身となりまし

た。



 そして泰澄上人は白山の主峰御前峰にとどまり、「白峰大僧正」

という大天狗になって白山全体を守っていることになっています。

また臥行者は奥ノ院に当たる大汝峰に止住し、浄定行者は「白山

正法坊天狗」となって別山にすみ、それぞれ上人を助けているとさ

れています。(ただ平安時代末期の日本の仙人37人をピックアップ

した本『本朝神仙伝』には、泰澄上人は、仙人として7番目に数

えられています。)



 弟子の二人の行者のうち、臥行者は沖を行く船へ鉢を飛ばして食

料を調達する飛鉢(ひはつ)の術を使えます。反面、名前の通り心

を澄まして悟りを得る「心行」などといい、いつも寝ている(伏し

ている)自由奔放な行者です。一方、浄行者は師匠意を汲んで忠実

に励行する浄心篤実な行者。



 浄定行者が先輩の臥行者をさしおいて「白山正法坊天狗」とな

っているのは、そんなところから適当なのではあるまいかと天狗研

究者の知切光歳氏はいっています。



 ある年の9月、欲を深いて荒島岳に登ったあと、福井大野市鳩

ヶ湯から白山を目指しました。三ノ峰経由で南龍ヶ馬場のテント

場で一泊。御前峰に登ったころはすっかりガスの中。軽食と取り

温かいお茶で体を温め、火口湖の池めぐりの最中、真っ白なガス

のなか雷鳴がひとつ、お腹に響くようにつんざきました。



 つづいて土砂降りの大雨が。次に来るであろう雷におびえなが

らハイマツの中、ひたすら小桜平の避難小屋を目指しました。そ

れからが大変。近づいてきた台風が、私たちをこの小屋に3日間

閉じこめてくれたのでありました。



▼御前峰【データ】
【所在地】
・石川県白山市と岐阜県大野郡白川村との境 最短:JR金沢駅
からバス別当出合下車、歩いて3時間20分で御前峰。一等三角点
(2702.2mm)と白山比盗_社奥宮がある。地形図上には山名と
三角点の標高と白山奥宮の文字の記載あり。三角点より北方向直線
約316mに剣ヶ峰がある。三角点より南方向直線約680mに室堂平
がある。
【名山】
・深田久弥選定「日本百名山」(第87番に選定):日本二百名山、
日本三百名山にも含まれる。
・岩崎元郎選定「新日本百名山」(第45 番に選定)
・田中澄江選定(1981年)「花の百名山」(第57 番に選定)
・田中澄江選定(1995年)「新・花の百名山」(第57番に選定)
【位置】
・三角点:北緯36度09分18.49秒、東経136度46分17.12秒
【地図】
・2万5千分の1地形図「白山(金沢)」



▼【参考文献】
・『角川日本地名大辞典17・石川県』浅香年木ほか編(角川書店)
1981年(昭和56)
・『古代山岳信仰遺跡の研究』大和久震平著(名著出版)
・『山岳宗教史研究叢書10』(白山・立山と北陸修験道)高瀬重雄
編(名著出版)1977年(昭和52)
・『新日本山岳誌』日本山岳会(ナカニシヤ出版)2005年(平成17)
・『図聚 天狗列伝・東日本編』知切光歳著(三樹書房)1977年(昭
和52)
・『天狗の研究』知切光歳(大陸書房)1975年(昭和50)
・『日本山名事典』徳久球雄ほか(三省堂)2004年(平成16)
・『日本歴史地名大系17・石川県の地名』(平凡社)1991年(平成
3)
・『名山の日本史』高橋千劔破(ちはや)(河出書房新社)2004年
(平成16)

 

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