『新・山の神々いらすと紀行』
画と文・とよだ 時

第7章 南アルプスの山々

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■04:塩見岳・しょっぱい地名と諏訪湖(画信910)

【略文】
南アルプス塩見岳山麓の村人はかつて塩が不足して困っていたと
いう。可哀想に思った諏訪湖の神さまが、塩見岳に登ってふもとの
伊那里村(いなさとむら・現在の伊那市)と、大鹿(おおじか)村
のあたりから塩のふき出ているところを見つけました。それからは、
鹿平、岩塩泉、鹿塩などの地名ができました。また間ノ岳を塩見岳
とも呼ぶようになったという。ここには「鹿塩の七不思議」という
のがあるそうです。
・静岡県静岡市と長野県伊那市との境

■04:塩見岳・しょっぱい地名と諏訪湖


【本文】

南アルプス塩見岳(3046.9m)の形は「漆黒の鉄の兜、あるいは

ずんぐりした入道頭とおぼえて」おけと『日本百名山』のなかで

深田久弥は記しています。塩見岳は明治末には「間ノ岳」と呼ば

れていたといいます。



『新日本山岳誌』によれば、1909年(明治42)夏、日本山岳会初

代会長小島烏水らが荒川岳、赤石岳縦走の記録のなかで、遠望す

る塩見岳を「間ノ岳」と呼んでおり、白根三山の間ノ岳を「白根

山脈の間ノ岳」とし、塩見岳を「赤石山脈の間ノ岳」呼んでいた

という。



また同じ小島烏水の「白峰山脈の記」にも、山の高さが南が高く

北に行くほど低くなる飛騨山脈に対して「白峰山脈は北岳、間の

岳、農鳥三山の第一列が最高である、赤石山脈も、間の岳(白峰

山脈の間の岳とは別の山)から始まって、悪沢岳の支脈を包含し

て、赤石山に到るまでの最北部が最高の第一列で…」と、塩見岳

を赤石山脈の間の岳として区別しています。



塩見岳はそのほか、長野県伊那市を流れる三峰川の支流荒川の源

頭にあることから、長野県側では「荒川岳」と呼んでいたという

からこんがらかります。そこで大正初年、荒川岳とするのをやめ

て塩見岳と呼ぶことになったということです。いまでもその名残

で、塩見岳北方に北荒川岳(2698m)があります。



塩見岳はある資料に「過ぐるころ、2,3の外人が塩見岳へ登っ

て「この山は1万尺に3尺足りないから」とて強力と力を合わせて

岩石や土を集めて3尺高く盛り上げ1万尺にしたというひょうきん

なことがあった」とありましたが、そのころの測量では1万尺(3,030

m)に足りなかったのでしょうか。



さて突然ですが、長野県諏訪湖の神、建御名方命(たけみなかた

のみこと)が塩見岳に関係が深いといいます。かつて、塩見岳山

麓伊那の村人は塩が不足して困っていたそうです。それを可哀想に

思った諏訪湖の神さまは、ある日のこと間ノ岳(塩見岳のこと)に

登って、塩の出そうなところはないかと見渡していました。すると

ふもとの伊那里村(いなさとむら・現在の伊那市)と、大鹿(おお

じか)村のあたりから塩のふき出ているところを見つけました。



命(みこと)は早速、村人に教え塩水のくみ取りをはじめたという

ことです。それからは、伊那里村には鹿平、大鹿村には岩塩泉(い

わしおいずみ)という地名ができました。また間ノ岳を塩見岳とも

呼ぶようになったという。そののち諏訪湖の神建御名方命(たけみ

なかたのみこと)は、しばらく大鹿村に足を止めていることになり

ました。



そんなある日、神は近くの山で大きな鹿を1頭射とめました。そし

て間ノ岳(塩見岳)山頂から見つけた塩の井を汲んで、射止めた鹿

を調味したという。そのためその場所を鹿塩(しかしお)と呼ぶよ

うになったという伝説があります(『山の伝説』)。実際、最近まで

鹿塩の住民は、建御名方命をまつった長野県上諏訪にある諏訪明神

の祭典には、塩漬けにした鹿の頭を献上していたということです。



またここには「鹿塩の七不思議」というのがあるそうです。(1、

夜泣き松:宗良親王につかえた駿木城の美祢姫が一女を生みました

が、夜泣きがひどかったといいます。しかし、観音菩薩のお告げで

堂前の松の枝を枕元に供え夜泣きが止んだという。



(2、八っ鹿:大池のほとりの鹿の群れは、狩人が何頭獲っても次

の日にはもとの8頭になっているという。(3、大池の善椀:冠婚

葬祭など人寄せのとき、池に何人分の膳碗を貸して下さいと頼むと、

翌朝朱塗りの膳碗がちゃんと揃っているという。用が済むと礼をい

って元のところへ返していましたが、あるときお碗をひとつ壊して

しまい返さなかったところ、その後は決して貸してくれなくなった

という。



(4、塩の湯:この湯は建御名方の命の発見とか、弘法大師が杖で

突いて塩水が湧きでたという。(5、逆さ銀杏:その昔、弘法大師

が刺した杖が地面に根を張り大木になったという。(6、灰汁なし

ワラビ:ここに群生するワラビは灰汁がなく、そのまま煮て食べら

れるという。



(7、猫のノミ:この谷の猫にはノミがいないという。またここで

生まれた子猫はどこへ貰われて行っても、その一代はノミがつかな

いそうです。そのほかにも不思議な口碑伝説があります。

黒百合や風の行方に塩見岳(岡田貞峰)



▼塩見岳【データ】
【所在地】
・静岡県静岡市と長野県伊那市(旧上伊那郡長谷村)との境。JR
飯田線伊那大島駅からバス、塩川から歩いて8時間で塩見岳。二
等三角点(3046.9m)がある。地形図に山名と三角点の標高の記
載あり。北西の肩に塩見小屋があり2766mの標高点がある。
【位置】
・三角点:北緯35度34分25.79秒、東経138度10分58.97秒
【地図】
・2万5千分の1地形図「塩見岳(甲府)」



▼【参考文献】
・『角川日本地名大辞典20・長野県』市川健夫ほか編(角川書店)
1990年(平成2)
・『新日本山岳誌』日本山岳会(ナカニシヤ出版)2005年(平成17)
・『日本山岳風土記2・中央・南アルプス』(宝文館)1960年(昭
和35)
・『日本百名山』深田久弥(新潮社)1970年(昭和45)
・『山の伝説・日本アルプス編』青木純二(丁未出版)1930年(昭
和5)

 

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