『新・山の神々いらすと紀行』
画と文・とよだ 時

第7章 南アルプスの山々

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■02:仙丈ヶ岳・千丈と千畳と孝行猿

【略文】
仙丈は伊那谷から仰ぐと藪沢カールの底が広々としていて千畳敷
に、また山の高さが千丈もあり、「広い」「非常に高い」とかの意味
を持つのだとか。地蔵尾根コースの登山口にある長野県側柏木に伝
わる「孝行猿」の説話は、かつては教科書「尋常小学修身書」(巻
一)などにも載せられたそうです。

■02:仙丈ヶ岳・千丈と千畳と孝行猿


【本文】

南アルプスの雄峰甲斐駒ヶ岳は、それこそ岩でゴツゴツとした男性

的な山。その南西、北沢峠を隔てた先に、優美でゆったりとした山

容の仙丈ヶ岳があります。男性的な甲斐駒ヶ岳と対比して南アルプ

スの女王とまでいわれているそうです。



仙丈ヶ岳は、長大な尾根を四方に延ばし、藪沢、大仙丈、小仙丈の

3つのカールを抱いています。とくに藪沢カール(仙丈岳カール)

は、立山の山崎カール、穂高岳の涸沢カールとともに「日本三大カ

ール」に数えられ、仙丈のお釜とも呼ばれているそうです。藪沢カ

ール下からは、南アルプス最高所の水場があり、冷たい水は登山者

の疲れをいやしています。



仙丈ヶ岳はかつては千丈岳とも書かれたそうです。仙丈というのは

伊那谷から仰ぐと藪沢カールの底が広々としていて中央アルプスの

宝剣岳の千畳敷に、また山の高さが千丈もあるので奥秩父の奥千丈

ヶ岳などと同じように、「広い」「非常に高い」とかの意味を持つの

だとか。なるほど仙丈ヶ岳(3033m)は南アルプスの3千m級の

山では最も北に位置しています。


こんな山でも山梨県側からは仙丈ヶ岳を望むことはほとんどでき

ません。一方長野県側では、宗教登山でにぎわっていた甲斐駒ヶ岳

(東駒ヶ岳)を守護する山、あるいはその前衛的存在として前山と

か前岳などといったそうです。


また小河内谷(現在の尾勝谷)の谷頭の意味で、小河内岳の名もあ

るそうです。仙丈ヶ岳には昔から登山者があったようですが、古い

絵図や地誌類では山の名もなく、位置もはっきりしなかったようで

す。

それが明治34(1901)年刊行「南信伊那史料」(佐野重直編纂)の

山岳の部に、「前嶽 地蔵ヶ岳トモ云フ甲州ニテハ千丈ヶ岳ト呼ブ

美和村の巽位ニ方リ甲斐ノ白根及駒ヶ岳ト相鼎形(ていけい)シテ

屹立シ…」とでてきます。




これにより、伊那地方で前岳と呼び甲斐では仙丈ヶ岳と呼ばれてい

まものが、明治中頃より伊那地方でも仙丈ヶ岳と呼ばれるようにな
ったのではないかとされています。


アルプスといえば南アルプス林道。昭和42(1967)年に着工され

ましたが、自然保護運動の高まりで、その賛否両論が騒がれ、つい

に昭和48(1973)年、北沢峠部分についての工事が凍結。



その後1978年(昭和53)に工事が再開、1981年(昭和56)長野
県伊

那市長谷(旧上伊那郡長谷村)−北沢峠と、山梨県南アルプス市芦

安(旧山梨県中巨摩郡芦安村)−北沢峠間のバスが運行され、全線

が開通されました。



仙丈ヶ岳の北には馬の背の尾根が延び、西には地蔵岳があって信仰

登山に使われたという地蔵尾根があります。今回は通過しませんで

しが、この地蔵尾根コースの登山口にある長野県長谷村柏木には「孝

行猿」の説話が伝わります。




この話は江戸中期の説話集『新著聞集・しんちょもんじゅう』神

谷養勇軒著(第二慈愛篇)「猿子親を療して人心を感発す」が元に

なっています。



猟師に撃たれた親猿を助けようと、子猿が囲炉裏の火で手をあぶ

り、一匹ずつ代わる代わる親猿の傷口を暖めはじめました。それを

見た猟師は大いに反省、女房にいとまをもらい、頭をそって世をの

がれ、念仏者になって諸国行脚に出たという。



これは、1936年(昭和11)の小学校の教科書「尋常小学修身書 

巻一」などにも載せられたそうです。長野県長谷村市ノ瀬から柏木

・集落を過ぎ地蔵尾根を30分程登ると、「孝行猿の遺跡」もあるという。

ある夏、私たちグーループは、仙丈ヶ岳から三峰岳、塩見岳、三伏

峠への縦走を試みました。北沢峠でバスを降り、お花畑の高山植物

をめでながら仙丈小屋周辺でテント、仙丈ヶ岳へ向かいました。



山頂からは目の前に中央アルプスの全山が広がっています。遠くに

北アルプス、また甲斐駒ヶ岳から鳳凰三山、そして北岳を主峰とす

る白峰三山、南にはこれから行く塩見岳。さらに南につづく南アル

プスの山々がつづいています。



同行者の一人が岩にけつまづいて1回転。ザックのお陰で怪我をし

ませんでしたが、みんなを慌てさせました。そしてこれから向かう

ダラダラと陰鬱なバカ尾根の仙塩尾根を目指すのでありました。



▼仙丈ヶ岳【データ】
【所在地】
・長野県伊那市長谷(旧上伊那郡長谷村)と山梨県南アルプス市芦
安(旧山梨県中巨摩郡芦安村)との境。JR飯田線伊那北駅から戸
台、さらに歩いて8時間で仙丈ヶ岳。(標高3032.6m)。二等三角
点、方位盤がある。
【位置】電子国土ポータルWebシステムから検索
・二等三角点:北緯35度43分12.31秒、東経138度11分00.88秒
【地図】
・2万5千分の1地形図「仙丈ヶ岳(甲府)」



▼【参考文献】
・『角川日本地名大辞典20・長野県』市川健夫ほか編(角川書店)1
990年(平成2)
・「角川日本地名大辞典19・山梨県」磯貝正義ほか編(角川書店)1
984年(昭和59)
・「信州山岳百科2」(信濃毎日新聞社)1983年(昭和58)
・『新著聞集』(神谷養勇軒著)1749年(寛延2)刊:「日本随筆大
成第二期第5巻」日本随筆大成編輯部編(吉川弘文館)1994年(平
成6)所収)
・「日本歴史地名大系20・長野県の地名」(平凡社)1979年(昭和54)

 

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