『新・山の神々いらすと紀行』
画と文・とよだ 時

第6章 中央アルプス・御嶽の山々

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■07:安平路山

【略文】
安平路山山頂には三角点があり、樹林とササに覆われています。
かつては南面の松川入ルートもありましたが、鉄砲水による遭難
などがあり入山禁止に、いまは縦走路だけ。登山口の大平宿は「い
ろりの里」として山村生活体験ができる観光施設になっています。
・長野県飯田市と大桑村との境。

■07:安平路山


【本文】

中央アルプス南部、長野県飯田市と同県大桑村との境に安平路山

(標高2363m)という山があります。「あんぺいじやま」とか「あんぺ

いじさん」、別名「あびろじやま」ともいい、山頂は樹林とササに

覆われていて、3等三角点のある山頂は飯田市側にちょっと入った

場所にあります。



1990年(平成2)に山頂から西に下った鞍部に安平路小屋が建て

られました。山頂は眺めはよくありませんが、小屋からは南北アル

プスや乗鞍岳などの展望が楽しめます。「日本二百名山」(深田クラ

ブが創立10周年を記念して1984年に選定したもの。



深田久弥が認定した「日本百名山」に漏れた40山を含み、『日本百

名山』に加えた100山)の一つ。また『信州百名山』(元長野中学

校教諭・清水栄一氏認定)の一つにもなっています。



山名の「安平路」の由来ははっきりしていませんが、かつては平ら

な山頂が、ササをきれいに刈り払った広場になっていて、朽ち果て

た倒木やヤブの登山路から開放された場所だったのかも知れないと

いう。安平路山頂の南東側には前安平路山もあり、パラボラアンテ

ナがあります。



かつては南面の登山ルート松川入ルートもありましたが、1969年

(昭和44)8月、神戸の御影高校山岳部一行が、前安平路山の南

麓にあった蟻ノ巣小屋もろとも、全員が鉄砲水に押し流されるとい

う遭難がありました。いまだに遺体が発見されない人もいるという

ことです。また、前安平路山のパラボラアンテナ管理のため中部電

力は、大西沢沿いのルートを利用していました。しかしここは大西

沢の高巻きが多く、丸木橋の架け替えがたび重なることもあり、苦

労が絶えませんでした。



そんな中、1979年(昭和54)、荷揚げ作業で渡渉中に転落死する事

故がありました。それからはそのルートは入山禁止になり、尾根通

しに歩くいまの摺古木山経由のコースに変えたという。しかしこの

コースは背丈もあるクマザサがびっしりと生える場所。1年も手入

れをしなければ、たちまち元のやぶ山に戻ってしまうため、毎年の

クマザサ刈りでようやく登山道を確保している状態だという。



神戸の御影高校一行が鉄砲水に押し流された蟻ノ巣小屋があった場

所からさらにふもとの松川入・入道集落の人々は、幕末の昔から安

平路山一帯と深く関わる暮らしを送ってきました。入会山から薪炭

や屋根板材の切り出し作業、わざと鉄砲水をつくり、それを利用し

て資材を運んだこともあったそうで、いまでもその痕跡が所々に残

っています。しかし、この人里離れた集落(15戸、61人)も、高

度成長時代の1966年(昭和41)、住民全員が集団移住してしまっ

たということです。



さて安平路山から摺古木山、風穴山を経由して下った所が登山口に

なっている大平(おおだいら)宿です。ここは、飯田市と木曾谷を

結ぶ宿場として1754年(宝暦4)に開発された集落だという。明

治時代から大正時代にかけては、炭焼を中心として養蚕なども行わ

れ、約50戸の集落でした。だがやがて炭焼で生計が立たなくなる

とさびれてしまい、昭和45(1970)年に最後の住民28戸が集団移

住。いまは幻の宿場になってしまいました。



しかしいまは再び保存事業が行われ、廃屋の改修など、かつての景

観が復活しつつあります。集落の民家の「せがい造り」や「石置き

屋根」など、ほかではあまり見られない特色ある文化遺産として保

存されています。また「いろりの里」と名づけて、希望者には山村

生活を体験しながらの宿泊を提供、観光施設として生まれ変わりま

した。安平路山から西に下った鞍部にログハウス風の安平路小屋が

できるちょっと前の年のことでした。



ある秋、中央アルプス全山縦走と銘打って長野県伊那市内の萱地区

から入山しました。第5日め、越百山避難小屋跡出る時からグズリ

はじめた天気具合。南越百山・奥念丈岳・袴越山・松川乗越・小茂

吉沢ノ頭と、背丈を超すクマザサの足元にかすかな踏み跡がつづい

ています。それを見失わないようササをかき分け、かき分け歩きま

すが、濡れたクマザサの根がすべり歩きづらいったらありません。



やっと着いた安平路山の山頂らしき平坦地。濡れたクマザサにジャ

マされ、確認もそこそこに出発。かなり下ったあたりで、やっとサ

サやぶから開放され、今夜の宿泊地「安平路コル」の道筋のテント

を張りました。わきに水が流れています。思えば南越百山からずー

っとヤブヤブヤブ。うんざりとしたヤブこぎの連続。ここまで来れ

ば一応安心。あすは、あの大平宿に入ります。廃屋のみというけれ

ど、売店などはないのでしょうか。あのヤブを思い出しながら眠り

についたのでありました。



▼安平路山【データ】
【所在地】
・長野県飯田市と同県木曽郡大桑村との境。JR飯田線飯田駅か
らタクシー、大平宿、さらに歩いて6時間30分で安平路山。3等
三角点(2363.5m)と西南1050mに安平路避難小屋がある。
【位置】
・三角点:北緯35度37分49.71秒、東経137度46分27.83秒
【地図】
・2万5千分1地形図名:安平路山(飯田3-3)



▼【参考文献】
・『コンサイス日本山名辞典』徳久珠雄編(三省堂)1979年(昭和54)
・『信州山岳百科・2』(信濃毎日新聞社編)1983年(昭和58)
・『信州百名山』清水栄一(桐原書店)1990年(平成2)
・『新日本山岳誌』日本山岳会(ナカニシヤ出版)2005年(平成17)
・『日本三百名山』毎日新聞社編(毎日新聞社)1997年(平成9)。
・『日本山名事典』徳久球雄ほか(三省堂)2004年(平成16)
・『日本の山1000』(山と渓谷社)1992年(平成4)

 

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