『新・山の神々いらすと紀行』
画と文・とよだ 時

第6章 中央アルプス・御嶽の山々

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■01:将棊頭山の将棋の駒

【略文】
中ア・将棊頭山は、伊那市方面からみると将棋の駒の頭のようにな
っています。そこでついた名が将棊頭山。しかし地図の上ではどれ
が将棊頭山かはっきりしないという。稜線上のピークは麓から見え
ないし、見える山は権現ヅルネ寄りピーク。地元の人にも分からな
いというから困ったものです。

■01:将棊頭山の将棋の駒


【本文】

中央アルプスに将棊頭山(しょうぎがしらやま)のいう山がありま

す。将棊の「棊」は、将棋の「棋」の本字だそうです。つまり「将

棊」も「将棋」も同じこと、将棋なのであります。



しょうぎがしらやま、しょうぎのかしらやま。しょういがしらやま

ともいうそうです。山名は、どっしりとして山の形が将棋の駒に似

ているからといいます。



伊那市方面からみるとそれは確かに将棋の駒の頭のように立派な峰

になっています。しかし地図の上でどれが将棊頭山かというと、そ

れがはっきりしないのであります。



将棊頭山は天水岩の南のピーク2730だとする案内書があります。

でも国土地理院のホームページ「ウォッチズ」で検索すると将棊頭

山の文字は西駒山荘の北西の主稜ピークあたりにあります。どうや

らここが一番標高の高いところ。



このピークにはいまはなにも記入されていませんが、昭和40年代

後半発行の5万分の1地図には、2736mと記入されていたそうで

す。そこで将棊頭山は2736mだとする参考書もあります。



ところがこのピークは、旧伊那町(いまは伊那市)からは見えない

というから困ります。見えるのは旧西箕輪村(いまは伊那市)や箕

輪町方面からだといいます。



旧伊那町から将棊頭に見えるのは西駒山荘の東の権現ヅルネ寄りの

尾根が「くの字」と反対の形に曲がるピーク(北緯35度48分28

秒、東経137度50分2秒付近)だというのです。ここも標高点は

ありません。



そんなこんなで地元の人もどれか分からなく、「このあたり一帯」

が将棊頭山だというというのですから「しょうがない山」ですね。



将棊頭山の山のてっぺんに降った雨は、東へ流れれば天竜川、西に

流れれば木曽川へとそそぎ、ともに太平洋へ向かいます。なお、こ

この分水界は、山頂北西の胸突ノ頭あたり。奈良井川の源流になり、

千曲川、信濃川をへて日本海に注いでいます。



南側に1913年(大正2)中箕輪小学校の生徒が遭難した記念碑「聖

職の碑」があります。伊那市営の西駒山荘(以前は伊那小屋)はそ

の時の寄付金で建てられたそうです。



1955年(昭和30)代の登山ブームのころは伊那市桂小場から将棊

頭山を経由で駒ヶ岳へ登山する姿が切れ目がないくらいだったそう

ですが、ロープウエーで千畳敷へ登れるようになってからは静かな

山になっています。



ある年の9月、伊那市駅からタクシーに乗り、内ノ萱駒ヶ岳神社里

宮に寄り境内を探索。手力王命の石碑や「信州そば発祥の地の由来」

の立て札などがあり、役ノ行者が木曽駒ヶ岳で修行したおり、内ノ

萱の里人に世話のなったお礼として一握りのそばの種を手渡したも

のが信州中に広まったという意味の説明が掲示されています。



桂小場をすぎるとヒカリゴケのある洞穴があります。なるほど洞穴

の奥でコケが光っています。そばに津島神社の石祠があります。こ

こには牛頭天王と素戔嗚尊(すさのおのみこと)を一体としてまつ

っているという。地元では古くは飢饉の解消を津島神社に祈願した

ということです。



稜線に出るとやがて馬返し。大樽神社の木祠が草の中に建っていま

す。胸突きの頭を過ぎてこのあたりが将棊頭山か?西駒山荘から東

へ登山道が下っています。



ここを下れば旧伊那町から見える将棊頭があるはずです。天水岩

へ着きました。通年水が枯れないといわれる不思議な岩だそうで

すが、私が訪れた時は下界も水不足だったせいか乾いていました。



「聖職の碑」は「遭難記念碑」と彫られた大きな岩がサラサラに

乾いた砂の中にありました。あまりに簡単な碑に拍子抜けしまし

た。



▼将棊頭山【データ】
【所在地】
・長野県伊那市、木曽郡木曽町、上伊那郡宮田村との境。JR飯
田線伊那市駅の西南西12キロ。JR飯田線伊那市駅からタクシー、
桂小場さらに歩いて4時間45分で将棊頭山。登山道からはずれた
稜線のピーク。
・山頂東直下に西駒山荘がある。山頂より南方向に天水岩、その先
に標高点2730がある(このピークを将棊頭山とする案内書もある)。
さらにその先に聖職の碑がある。
【位置】
・将棊頭山:北緯35度48分23.8秒、東経137度49分39.7秒
・標高点:北緯35度48分12.2秒、東経137度49分37.4秒
【地図】
・2万5千分1地形図名:「木曽駒ヶ岳」



▼【参考文献】
・『角川日本地名大辞典20・長野県』市川健夫ほか編(角川書店)
1990年(平成2)
・『新日本山岳誌』日本山岳会(ナカニシヤ出版)2005年(平成17)
・「信州山岳百科2」(信濃毎日新聞社)1983年(昭和58)

 

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