『新・山の神々いらすと紀行』
画と文・とよだ 時

第5章 北アルプスの山々

………………………………………………

■21:双六岳・槍ヶ岳にまっすぐ延びる滑走路

 【略文】
山名は西側双六谷から。双六とは「四五六」がなまったものだと
か、この谷にある双六の盤面に似た岩からきたという説も。山頂
の台地は岩礫の荒野に草が点在、まるで西部劇の舞台のよう。別
名・双六飛行場。南東に真っ直ぐ延びる滑走路は槍ヶ岳へ向かって
います。
・長野県大町市と岐阜県高山市との境。

■21:双六岳・槍ヶ岳にまっすぐ延びる滑走路


【本文】

北アルプス双六岳は、長野県大町市の高瀬川と、岐阜県高山市の

金木戸川の源頭にあって、まさに北アルプスの最奥の山です。



山の名がなぜ双六かというと、大昔の神さまが丁半賭博をやった

という伝説から双六(昔は賭博だった)の名前がついたという説。



双六は「四五六」からの「しごーろ」で、黒部五郎岳・野口五郎

岳と同じように岩礫のゴロゴロしたところ「ゴーロ」に由来する

という説。



またこの付近の地質の柱状節理が整然としてスゴロクのようであ

るとの説。その他、双六谷に双六の盤面に似た盤の石があるとこ

ろから名づけられたとも、この山はいくつもの峰をもつから「四

五六岳」などいろいろな説があるようです。



双六岳南峰との間には双六圏谷と呼ばれているカールが東側にあ

ります。



この山に入る登山道は、かつては西南側(岐阜県側)から突き上

げる双六谷をさかのぼり、打込谷で弓折岳西側の中腹を巻いて双

六小屋のある双六池にいたる道だったそうです。いまのキャンプ

場へ遡行するルートだったわけです。



このルートは、途中吊り橋や、籠の渡し、また沢登りとヤブこぎ

をする難路で双六小屋まで登るのに10数時間もかかったという。



1955年(昭和30)、双六小屋の当時経営者であった小池義清らが、

いまある新穂高温泉わきの蒲田川左俣から大ノマ乗越を経由して双

六小屋への「小池新道」を開拓したという。



その後、途中にわさび平小屋と鏡平山荘が建設され、ルートの一部

が変わり、これを経由するのが小池新道のメインルートとなってい

まに至っています。



双六岳山頂から南を見れば、南アルプスの一部や、乗鞍岳、木曾

の御嶽、また笠ヶ岳、振り返れば西北に黒部五郎岳、薬師岳、北

に三俣蓮華岳、水晶岳、鷲羽岳、野口五郎岳、そして東に餓鬼岳、

さらに南側に涸沢岳と、表銀座のスカイラインが黒々と浮かんで

います。



1902年(明治35)、陸地測量部の直井武が山頂に二等三角点を設

置したといいます。



山頂は岩礫の荒野が広がり、所どころに草が点在し、まるで西部

劇の舞台のようななだらかな台地が広がっています。



この草地にはハイマツやナナカマドがあり、夏にはリンドウ、コ

バイケイソウ、シナノキンバイなどが咲いてくれます。



「花の百名山」(田中澄江)ではこの山の代表の花としてコバイケ

イソウをあげています。



ところでこの山の別名は、双六飛行場というそうです。滑走路は

北西−南東に延びています。



真っ直ぐ飛び立つとその先はナント槍ヶ岳なのです。思わず両手

を広げて駆け出したくはなりませんか。



▼双六岳【データ】
【所在地】
・長野県大町市と岐阜県高山市との境。JR高山本線高山駅から
バス、新穂高温泉終点から歩いて9時間50分で双六岳。二等三角
点(2860m)がある。
【位置】
・三角点:北緯36度22分18.71秒、東経137度35分13.7秒
【地図】
・2万5千分の1地形図「三俣蓮華岳(高山)」



▼【参考文献】
・『角川日本地名大辞典21・岐阜県』野村忠夫ほか編(角川書店)
1980年(昭和55)
・『角川日本地名大辞典20・長野県』市川健夫ほか編(角川書店)
1990年(平成2)
・『信州山岳百科・1』(信濃毎日新聞社編)1983年(昭和58)
・『新日本山岳誌』日本山岳会(ナカニシヤ出版)2005年(平成17)
・『日本山名事典』徳久球雄ほか(三省堂)2004年(平成4)
・『日本山岳ルーツ大辞典』村石利夫(竹書房)1997年(平成9)
・『日本大百科全書・13』小学館
・『日本歴史地名大系21・岐阜県の地名』(平凡社)1989年(平成
元)

 

………………………………………………………………………

目次へ戻る