『新・山の神々いらすと紀行』
画と文・とよだ 時

第5章 北アルプスの山々

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■20:三俣蓮華岳は熊の山

【略文】
飛騨の猟師がクマノイ(熊の肝、胆嚢)のつもりでレンゲ肝(肝臓)
を食べていました。それを見た信州の猟師たちが大笑い。レンゲ喰
み、レンゲ喰みの岳、レンゲ岳といっていたのをガイド上条嘉門次
が日本山岳会の長老に話し三俣蓮華岳になったという(富山県山
名録)。
・岐阜県・長野県・富山県境

■20:三俣蓮華岳は熊の山


【本文】

北アルプス最奥・黒部川源流にの三俣蓮華岳(みつまたれんげだけ

・2841m)という山があります。ここは岐阜県・長野県・富山県に

またがる旧三つの国の国境の山。小盆地高層湿原の別天地・雲ノ平

も近いということから登山者も大勢訪れます。



この山のことは、1700年(元禄12)の越中側「奥山御境目見通絵図」

なるものにも「飛騨・信州・越中三ヶ国三つからみ」と書かれ、そ

の他の絵図にも「三ヶ国出合」、「三ツカシラ」などと載っていると

いう。



かつてはこの三国境の山を越中側では鷲ノ羽ヶ岳と呼んでおり、文

化年間(1804〜18年)以降になって鷲羽岳と呼んだという。のち山

の東にある山を東鷲羽岳(いまの鷲羽岳)と呼ぶようになります。

東があれば西が必要です。いつかもとの鷲羽岳(いまの三俣蓮華岳)

を西鷲羽岳と呼んだという。



いまのように三俣蓮華岳といいはじめたのは明治時代以降。日本ア

ルプスの初期登山者たちの誤解に基づくとされています。また大正

時代に登った大関久五郎という人によってつけられたともいわれて

います。



ところでなぜ「蓮華」なのか。「蓮華」は長野県側の呼び方だとい

います。ここは複雑な氷触地形をなし独特な山容をしています。そ

れをハスの花を連想させたものという人もいます。



しかしこれとは別のちょっと面白い説があります。このあたりは信

州の猟師や村人たちがよく入っていたという。そんな時、飛騨の猟

師が熊を追いかけてこの山でしとめました。そして熊を解体し、ク

マノイ(熊の肝、胆嚢)を取り出しました。



ところがそれは熊のレンゲ肝(肝臓)で、猟師は知らずに食べてい

ました。それを見た信州の猟師たちは大笑い。レンゲ喰(は)み、

レンゲ喰みの岳、レンゲ岳といっていたという。



この話を聞いた名ガイドで知られる上条嘉門次(かみじょうかもん

じ)が日本山岳会(日本で最初にできた山岳会)に話したため、山

岳会で協議して3国境にあるレンゲの山・三俣蓮華岳と命名したと

いう(富山県山名録)。



そういえば三俣蓮華岳そばにある三俣山荘のご主人伊藤正一先生の

「黒部の山賊」の中にもよく熊の話が出てきます。ごく普通に熊が

いたのでしょうね。レンゲの花などと飾るよりこっちの方が真実味

あるよねえ。



▼三俣蓮華岳【データ】
【所在地】
・長野県大町市と富山県富山市(旧上新川郡大山町)、岐阜県高山市
上宝町(旧吉城郡上宝村)との境。大糸線信濃大町駅の南西27キロ。
JR高山本線高山駅からバス、新穂高温泉終点から歩いて延べ10時
間30分で三俣蓮華岳。三等三角点(2841.2m)がある。地形図に山
名と三角点の標高のみ記載。山頂より東北方1000mに三俣山荘があ
る。
【位置】
・三角点:北緯36度23分23.95秒、東経137度35分15.85秒
【地図】
・2万5千分の1地形図「三俣蓮華岳(高山)」

▼【参考文献】
・『角川日本地名大辞典16・富山県』坂井誠一ほか編(角川書店)19
79年(昭和54)
・『角川日本地名大辞典20・長野県』市川健夫ほか編(角川書店)19
90年(平成2)
・『黒部の山賊・北アルプスの怪』伊藤正一(実業之日本社)1995年
(平成7)
・『富山県山名録』橋本廣ほか(桂書房)2001年(平成13)

 

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