『新・山の神々いらすと紀行』
画と文・とよだ 時

第5章 北アルプスの山々

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■03:白馬岳・大雪渓の乗馬登山

【略文】
白馬大雪渓は全長3.5キロ標高差600m。夏でも冷蔵庫の中のよう
に涼しくお花畑もあって登山者に人気があります。ここを軍馬に
乗ったまま、軍人たちが駆け上がり白馬岳へ登ったという。軍国
主義の時代とはいえ、21人もが馬もろともゾロゾロと大切な大雪
渓を駆け上がるとは許せないですよね。
・長野県北安曇郡白馬村。

■03:白馬岳・大雪渓の乗馬登山


▼912号 北ア白馬大雪渓・白馬岳の乗馬登山
(本文は下記にあります)



【本文】

白馬岳への登山者が1番多く利用するのが白馬大雪渓のコース。大

雪渓は全長3.5キロ、標高差600m。このコースは白馬尻から葱平

まで2時間、さらに頂上まで3時間。登山時間も短く、夏でも冷

蔵庫の中のような涼しい大雪渓を通るうえ、高山植物のお花畑も

あるため人気があります。ここは針ノ木大雪渓、剱沢大雪渓とと

もに三大雪渓にも数えられています。



このあたりは日本海に近い豪雪地帯。北西からの季節風で稜線の

東側に雪が吹き飛ばされ、氷河ができやすい条件がそろっている

といいます。このため、約3万年前の最終氷河期には氷河が大雪

渓を流れくだり、谷の壁をU字形に削りながら標高900m付近(二

股発電所近く)まで氷河がのびていたと考えられるというのです。

いまも白馬沢や大雪渓には1年中雪が融けない場所があるという

ことです。



この大雪渓はすでに江戸時代以前から猟師や採薬者たちが登って

いたらしい。記録としての最初は明治14、5年ころの内務省の測量

班の登山したという。その直後に北安曇郡長らが登ったとき、山

頂に先の測量隊の小屋がったという記録はあるのですがどうも資

料不足。



北安曇郡長らが登った明治16(1883)年、8月21日に白馬岳の登

ったのは、北安曇郡長の窪田畔夫(くろお・45歳)、仁科学校(い

まの大町小学校)の校長渡部敏(さとし・36歳)、北城学校(いま

の北城小学校)校長豊島三男人、同校教員加納直貫(42歳)、案内

の猟師と山林巡視員を依嘱されている地元の細野の人たち9人だ

ったそうです。



一行は途中強雨に見舞われ、やむなく大雪渓の下で2泊野宿した

という苦労話もあります。明治31(1898)年夏には、大町小学校

長の河野齢蔵が、教員の岡田邦松、松川小学校長吉沢秀吉と登山。

生物学者の河野はこの登山で何種類かの高山植物を発見して博物

学雑誌や雑誌「信濃教育」に発表。葱平のお花畑や氷河遺跡を世

に紹介しました。



これをきっかけに高山植物の宝庫として有名になり、われもわれ

もと、白馬岳へと向かう登山者でにぎわったということです。時

代は大正になり、軍国主義の時代特有の「事件」があり、世間を

驚かせたました。『北アルプス白馬連峰 その歴史と民俗』によれ

ば、軍馬に乗った軍人たちの一行が白馬大雪渓を駆けあがり白馬

岳へ登ったという。



この時この大雪渓で氷上蹄鉄試験を行ったというのです。1919年

(大正8)8月10日の朝日新聞は「空前の軍馬登山」との見出し

で次のように報じています。「輜重兵(しちょうへい:軍隊で兵糧、

武具など必要品の運搬を監視する兵)第十三大隊長金森中佐以下

兵卒二十一名は、馬諸共に白馬登山の壮挙を敢行して八日午後六

時帰着せり」と記載。



記事によると同年8月6日、白馬尻の小屋を5時に出発、大雪渓

も氷上蹄鉄の効果著しく少しの故障もなく登はん、葱平の急坂も

氷上蹄鉄の効果にて大危険を冒しつつも、なんなく登はん午前11

時に山頂をきわめたとしています。



このため当時、白馬岳という山は馬でも登れる…という印象を世

間に広めたという。この登山を記念して蹄鉄の一部を北城小学校

に贈ったということです。馬の蹄鉄はいまでも「白馬村歴史民俗

資料館」に木箱に入れられて展示されているそうです。いくら軍

国主義の時代とはいえ、21人もが馬もろともゾロゾロと大事な大

雪渓を駆け上がるとは許せないですよね。



▼大雪渓【データ】
【所在地】
・白馬大雪渓:長野県北安曇郡白馬村。JR大糸線白馬駅からバ
ス、猿倉から1時間30分で白馬大雪渓。
【位置】
・白馬大雪渓:北緯36度44分57.69秒、東経137度46分08.8秒
【地図】
・2万5千分の1地形図「白馬町(富山)」or「白馬岳(富山)」(2
図葉名と重なる)



▼【参考文献】
・『角川日本地名大辞典20・長野県の地名』市川健夫ほか編(角川
書店)1990年(平成2)
・『北アルプス白馬連峰 その歴史と民俗』長沢武(郷土出版社)1
986年(昭和61)
・「白馬岳の自然観察」(日本自然保護協会)
・『信州山岳百科・1』(信濃毎日新聞社編)1983年(昭和58)

 

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