新・山の神々いらすと紀行』
画と文・とよだ 時

第4章 甲信越の山々

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▼16:櫛形山は稜線が和櫛の背の形

【略文】
甲府盆地の西方に南北に連なる巨摩山地、櫛形山はその主峰です。
山容が南北に長さ4キロにもおよび、まるで稜線が和櫛の背のよう
なのでこの名がついたそうです。最高峰の奧仙重の山ろくにある氷
室神社(もとは鷹尾寺)には、開基した儀丹行円上人の雨乞い伝説、
また天狗の碁盤石伝説などがあります。
・山梨県南アルプス市と富士川町にまたがる。

▼16:櫛形山は稜線が和櫛の背の形


【本文】

甲府盆地の西方に南北に連なる巨摩山地、櫛形山はその主峰です。

山容が南北に長さ4キロにもおよび、まるで稜線が和櫛の背のよう

なのでこの名がついたそうです。



ふつう櫛形山といえば北方にある唐松山、裸山、最高点の奧仙重ま

での総称ですが、地形図には標高2051.7mの奧仙重を櫛形山とし、

その下にカッコの中に奧仙重の字を入れてあります。別名鋸山とい

い、地元では昔は西山と呼んだといいます。



江戸時代の地誌『甲斐国志』(松平定能(まさ)編集)巻之三十一

に、「西山」として「此(ノ)山早河ヲ隔テ 白峰(シラネ)ノ東ニ

横タハリ連綿タル一大山ニシテ 西面(ハ)河内領ノ湯島・奈良田

二村ノ諸山ト界フ北ハ芦倉入リニテ鳳凰山ニ続キ南ハ烏森御林山及

ビ河内領十谷御林山ヨリ中山(チウザン)ニ至ル一脈ナリ中郡(ノ)

諸村ニテ櫛形(クシガタ)山或ハ鋸(ノコギリ)山ト呼ブ 八田山

・中尾山・権現堂山ナド云(フ)皆ナ此(ノ)山ノ分名ナリ高サ鳳

凰山ト伯仲ス」とあります。



稜線上の唐松山と裸山の間に、アヤメの群生地があり、アヤメ平と

呼ばれ、毎年7月中旬に、櫛形町主催のアヤメ祭りが開催され人気

を呼んでいます。アヤメの数2830万株といわれ、シーズンには斜

面が紫の花で埋め尽くされるという。



1960〜80年代に、地元の県立巨摩高等学校自然科学部員がアヤメ

の調査を行ったそうです。その結果、この大群落は地形、土壌、気

温、降水量、日照時間などの条件が微妙に絡み合い、氷河期からの

長い年月を経てできあがっていることが分かったよいう。



やや南に傾いた斜面の地形。上部がローム混じりの砂礫などなど、

どれが欠けても大群落は成り立たない。さらにボーリングによる花

粉調査から、ここのアヤメはリス氷期の間氷期からウルム氷期を経

て現在まで数万年を生きつづけてきたことも明らかになったという

(『新日本山岳誌』)。



奧仙重から南に少し降ったところからは、富士山や御坂山系を見る

ことができ、また裸山からは、富士山や、南アルプス南部の笊ヶ岳、

聖岳、赤石岳、悪沢岳などが一望できます。



奧仙重の山ろく、増穂町(いまは富士川町)平林にある氷室(ひむ

ろ)神社は、奈良時代の宝亀年間(770〜780)に僧の儀丹行円上

人が、鷹尾寺として開基したところだという。明治になり明治政府

の神仏分離による廃仏棄釈の嵐から鷹尾寺は、神社に変えられまし

た。



その氷室神社から3キロくらい登ったところに、2段になって流れ

る滝があります。ここが儀丹行円上人の修行場だったという。その

昔、日照りが続きこの山ろくの村人が苦しんでいました。そこへ伊

豆からやってきた儀丹行円上人が通りかかりました。



上人は平林集落の奧にある利根川に行き、雨竜剣(うりゅうけん)

を 天に向かってかざし、「何とぞ雨をふらせたまえ、八大竜王。

この雨竜剣にその霊をやどらせたまえ」と祈りました。するとみる

みる雨雲が広がり雨が降り出し、川に水がもどり滝が音を立てて落

ちはじめました。



村人たちは大いに喜び、この滝に上人の名前をつけ、上人の像をき

ざんで滝の岩穴にまつりました。それからというもの、日照りがつ

づくと村人たちは、ここに集まって雨ごいをしたという。ただ、な

ぜか同じ増穂町(いまは富士川町)天神中条の人が1人でもいれば、

祈願してもそのききめがないというから困ったものです。地区同士

で仲が悪かったのでしょうか。



またこの神社には次のような伝説もあります。神社の上に四角の平

らな碁盤のような大石があります。これを村人は天狗の碁盤石と呼

んでいるそうです。昔、一之瀬地区に住む男が山仕事に行ったまま、

3年たっても帰ってきません。半分あきらめているところへ、ひょ

っこりと帰ってきました。



話を聞くと、「山でいつものように木に登り、仕事をしているとな

にやら下で騒がしくなってきたんだ」。下を見ると天狗たちが集ま

ってきて碁を打ち始めたという。木の上から見ているうち、不覚に

も大事な斧を落としてしまい、天狗たちに見つかってしまった。



しかし、運よく仲間に入れてもらうことになり、いっしょに碁を打

っていた。そして3日過ぎたので、家の者が心配しているだろうと

帰ってきたというのです。天狗と過ごした3日は、人間の世界の3

年だったということです。やはり人間社会の時間とは流れ方が違う

ようです。神社の名前の氷室は、近くに天然水の貯蔵場所があった

からということです。



▼櫛形山【データ】
【所在地】
・山梨県南アルプス市と富士川町(旧増穂町)にまたがる。JR
身延線市川大門町の西北西11キロ。JR甲府駅からタクシーでウ
ッドビレッジ伊奈ヶ湖、さらに4時間15分で奧仙重。三等三角点
(2052.19m)がある。
【位置】
・奧仙重岳:北緯35度35分12.0934秒、東経138度22分09.1487秒
【地図】
・2万5千分の1地形図:夜叉神峠。



▼【参考文献】
・『甲斐国志』(松平定能(まさ)編集)1814(文化11年):(「大日
本地誌大系」(雄山閣)1973年(昭和48)所収
・『角川日本地名大辞典19・山梨』竹内理三編(角川書店)1991年
(平成3)
・『新日本山岳誌』日本山岳会(ナカニシヤ出版)2005年(平成17)
・『日本山岳ルーツ大辞典』村石利夫(竹書房)1997年(平成9)
・『日本山名事典』徳久球雄ほか(三省堂)2004年(平成16)
・『日本歴史地名大系19・山梨県の地名』(平凡社)1995年(平成
7)

 

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