『新・山の神々いらすと紀行』
画と文・とよだ 時

第4章 甲信越の山々

………………………………………………

▼05:火打山・ライチョウの北限地

【概略】
火打山の名は、隣の焼山の火山の火を、打ち消してほしいという山
麓農民の願いからとの説。また「越後野志」という古書の記述説。
火打ち石の石材が採掘できるとの説。山の形が火打ち石に似ている
からついたなどあり。
・新潟県妙高市と糸魚川市との境

▼05:火打山・ライチョウの北限地


【本文】

新潟県南西部の妙高火山群は、頸城三山、頸城山塊、妙高山塊、頸

城アルプスなどの呼び方もあるそうです。



その中でも最高峰の火打山は標高2462m。この山より北にここよ

り高い山はないといいます。日本有数の豪雪地域で、北東面から火

打山に突き上げる矢代川の谷底には万年雪もあるそうです。



このあたり長野県から新潟県境の山々は古くから竜の体に例えられ

ており、頭に当たるのが戸隠山、胴は妙高山でシッポは火打山(能

生白山)だという。



これは戸隠神社の起源が九頭竜信仰によることからきているのだそ

うです。そういえば登山文化史研究家の谷有二氏は「山名の不思議」

のなかで、このあたりには八口なる悪賊が大国主命(おおくにぬし

のみこと)に退治されたという伝説が残っており、悪賊八口が住ん

だ山が火打山だとしています。



八口とは八岐の大蛇のことで、火打山(八口山)には硫化鉄鉱があ

り、金属と火と蛇が重なり出雲の大国主勢力が、越の国の金属資源

を求めて侵出してきたという伝説にも一致すると説いています。



山名は、隣の焼山火山の火を、ここで消えてもらいたいという、ふ

もとの農民の願いからきたとの説や、まわりの山々とともに、燧石

(ひうちいし)をならべたような形なのでその名がついたとの説。



1815年(文化12)成立の郷土誌小田島允武(松翁)著の「越後野

志・えちごやし」という地誌にも「火打山、難波山ノ南、妙高山ノ

北ニテ両山ノ中間ニ在リ、数峰の嶮巌並ビ列ナリ宛モ燧石(ひうち

いし)ヲ並ベ立ルガ如シ、故ニ名ツクト云」とあります。



また石英の一種である火打ち石の石材が採掘できることを示す山名

との説もあります。



昔はこの火打山を「大山」と呼び、焼山を「火打」と呼んでいたそ

うです。火打山は、ふもとの妙高市関山にある関山権現社領五山の

ひとつだそうで、1973年(昭和48)に山頂から鎌倉時代の銅造の

十一面観音菩薩懸仏が発掘されたという。



ここも山岳信仰の山だったのですね。いま山頂には不動尊の小さな

石像が転がっています。ここはライチョウの生息地の北限とか。



9月、妙高山の取材後、黒沢池ヒュッテテント場から茶臼山経由で

高谷池ヒュッテにザックを置かせてもらい「天狗の庭」から火打山

を目指しました。山頂が近づくにつれガスがひどくなってきます。



「雷鳥平」の近くで、ライチョウが草の実をついばんでいます。お

あつらえに出てきてくれました。まわりはハクサンコザクラ、ミョ

ウコウトリカブトが満開です。



大きなノウゴウイチゴ(キイチゴ)を頬張りながら山頂に立っては

見ましたが牛乳の中にでもいるようで真っ白けです。晴れていれば

日本海や北アルプスが一望だというのに。



山頂には千葉県成田市からきたという若4人連れの若い女性たちが

一緒に写真を撮ってくれるという。有り難く仲間に入れてもらいV

サイン。



天狗の庭まで下りてきて振り返ると池塘群からそびえ立った火打山

はかすかにガスの間から山頂付近をのぞかせましたが、すぐまた消

えてしまいました。



▼火打山【データ】
【所在地】
・新潟県妙高市と新潟県糸魚川市との境。信越本線関山駅の西13キ
ロ。JR妙高高原駅からバス笹ヶ峰から歩いて5時間10で火打山。
三等三角点(2461.8m)がある。そのほか付近に何もなし。地形図
上には山名と標高点とその標高のみ記載。付近に何も記載なし。
【位置】
・三角点:北緯36度55分21.7秒、東経138度04分05.22秒
【地図】
・2万5千分の1地形図「湯川内(高田)」



▼【参考文献】
・『越後野志・えちごやし』(20巻)小田島允武(松翁)著:1815年
(文化12)成立の郷土誌:「越後野志 上下巻」源川公章校訂(歴
史図書社)1974年(昭和49)
・『角川日本地名大辞典15・新潟県』田中圭一ほか篇(角川書店)1989
年(平成1)
・『山名の不思議』谷有二(平凡社)2003年(平成15)
・『新日本山岳誌』日本山岳会(ナカニシヤ出版)2005年(平成17)
・『日本山岳ルーツ大辞典』村石利夫(竹書房)1997年(平成9)
・『日本山名事典』徳久球雄ほか(三省堂)2004年(平成4)
・『日本大百科全書・19』(小学館)1988年(昭和63)
・『日本歴史地名大系15・新潟の地名』(平凡社)1986年(昭和61)

 

………………………………………………………………………

目次へ戻る