『新・山の神々いらすと紀行』
画と文・とよだ 時

第3章 関東の山々

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■11:奥多摩・川苔山・直下の舟井戸

【略文】
川苔山は、この山の西を流れる谷でカワノリがとれたのが名前の由来と
いう。その昔、陸地測量部が地図をつくる際、「ノリ」を「乗」の字に当て字
してしまいました。そのため「川乗山」とも書かれたこともありましたが、い
まは「川苔山」で通っています。それでも川乗谷、バス停は川乗橋、林道
も川乗林道と地図にあります。
・東京都奥多摩町。

■11:奥多摩・川苔山・直下の舟井戸


【本文】

 奥多摩の川苔山は展望もよく、変化に富んだコースで、いつ登っても

山頂に登山者がいるほどの人気がある山です。この山は「川乗山」とも書

かれることが多い。いまでもネットで国土地理院の基準点成果等閲覧サ

ービスを見ると、「川乗山」で載っています。



 しかしかつて、この山の西を流れる谷で、カワノリ(川苔)がとれたの

が、名前の由来というから川苔山が正しいのだという。カワノリは、緑藻植

物で、カワノリ科の淡水藻。日本でも限られた河川の上流部で採れ、抄

(す)いて海で採れる海苔のように乾燥させ食用にします。浅草ノリに似た

風味があり高価で、産地では名産品にされているそうです。



 この山が「川乗山」と記されてきたのは、陸地測量部が地図をつくる


際、どういうわけか川苔の「ノリ」を「乗」の字に当て字してしま

ったという。


「お上」がつくった地図に載っていれば、それをもとにつくる各種の地図

はみんな当て字にしてしまいます。いまでも川苔が採れた谷は「川乗

谷」、バスの停留所は「川乗橋」、林道も「川乗林道」と地図に書かれてい

ます。



 こんな話もあります。一説に川苔山は、特定のピークをいうのではなく、

川乗谷に流れ込む各沢の源流の山々全体をいうのだという意見もありま

す。そしていま「川苔山」といっている1363峰は、川乗谷の支流横ヶ谷

のツメにあるため、横ヶ谷の頭、または横茅ノ頭と呼ぶのが正しいとの説

です。しかし、いまは川苔山といえば1363.2mの三角点のあるこの山を

いうようになっています。



 川苔山といえば直下にある百尋(ひゃくひろ)の滝が有名です。この滝

は尋(ひろ)、つまり両手を広げた長さをいうようです。昔の長さの単位

で、その長さは一定しないようで、6尺(約1.816m)とも、また曲尺でだい

たい4尺5寸(約1.36m)とも、5尺(約1.515m)ともいわれています。



 「百尋」となれば181.8m、または136m、あるいは151.5mになります

が、実際には約40mしかないの落差。ま、まあ「白髪三千丈」という例も

あるし、オンビンに参りましょう。この滝を眺めるには滝壺に降りなければ

なりませんが、1997年(平成9)の岩壁崩落で、不安定な状態に
なって
いるのでやめておいた方がいいかも。

 さて、山頂は小広く開け、丹沢、道志の山々、また富士山、奥多摩の

山々などが望む展望台になっています。この付近は春はミツバツツジが

美しく咲き、登山者憩いの場になっています。さらに、川苔山を含むこの

あたり一帯は「奥多摩町川苔水源森」として、林野庁の「水源の森百選」

に選定されているといから貴重な場所でもあります。



 川苔山頂の南面に舟底のような浅いくぼみがあり、舟井戸といってい

ます。舟井戸は川乗谷支流逆川の源流になっており、登山用地図にも

「水場」のマークがついています。ここは昔、境界争いがあったところ。川

苔山南東の山ろく棚沢地区にはこんな言い伝えがあります。



 かつて川苔山の三角点から東南に尾根が延びていて、舟井戸の流れ

を遮断していたという。当然ながら舟井戸の水は、いまのように逆川に注

いでいたのではなく、棚沢地区を流れる「入川谷」へ流れていたのだとい

う。それを氷川村の山師が、尾根を掘りぬいて舟井戸の水を逆川へ注

ぎ、川乗谷へ流れるようにしてしまったというのです。



 川の流れを棚沢村の川から、氷川村の川に流れるように変えてしまっ

たのです。なるほど、地形図をよく見ると、川苔山三角点から出ている窪

みが、棚沢村に属する入川谷の源頭であるような感じになっています。



 明治初年、地租改正地図編製の時、川苔山の山ろくの氷川村(いまの

奥多摩駅周辺)・大丹波村(いまの川井駅周辺)・棚沢村(いまの鳩ノ巣

駅周辺)の3村で、合同の村分決定を行いました。その時、氷川村だけ役

人が来ませんでした。氷川村不在のまま、棚沢村と大丹波村でこの地区

を査定してしまったのです。



 そして、この峰頭の村境を川苔山までを独断で拡張、勝手に棚沢村と

して編入し、「お上」に報告しました。それは川苔山から舟井戸下延びる

尾根通しであり、地形的にも一見妥当に見え、お上も了承したという。



 しかし、それでは氷川村が納得しません。あとで氷川村が強行に騒ぎ

ましたがあとの祭り。結果、ついにいまにみるように、日向沢ノ峰(うら)か

ら、踊り平、雷電山と稜線をたどってきた村界記号が、1300mから川苔

山三角点に横に引かれてしまいました。地租改正地図編製は棚沢村に

とって絶好のチャンス。この時とばかり、領土を氷川村から奪い返したと

いうわけです。



 ちなみに川苔山周辺について、『多摩郡村誌』山川部(斉藤真指)に

は次のように乗っています。「雷電山 峰上ヨリ両分シ、東北ハ本村字滝

ノ入ニ、西南ハ氷川村字燧石谷ニ属ス。



 山脈北方日向沢峰ヨリ連接シ、巳ノ方曲ヶ谷峰ニ延亘シ、山趾(※さ

んし・山のすそ)西南氷川村ノ川苔川ニ至リ、西ハ同村ノ渓澗(※間の中

が月の文字)(けいかん)ニ、東北ハ村内滝ノ入ノ谿谷ニ臨メリ、山中雑樹

深シ、滝ノ入ノ官林ト連ル、其樹皆蒼古ナリ。



 各所巨巌突兀(※こつ)シ、夏時雷雨大抵比所ヨリ発ス。故ニ之ヲ雷電

岩ト名ツクト云。山東半腹奇巌アリ、一ノ洞窟ヲ開ク、之ヲ獅子口巖ト呼

ブ、清泉泌沸、洞口ヨリ迸出(※ほうしゅつ)(※ほとばしる)シ、東流シテ

日向沢ニ会ス、即チ大丹波川ノ水源ナリ」。



 舟井戸は、浅く細長くまさしく舟の底のようです。ちょっと古い話です

が、この舟井戸で、「野宿」の訓練をしたことがあります。野宿とは、日帰り

の山行でなにかのトラブルで、山中で一泊しなければならないときのため

の訓練です。テント、シュラフなし。細々と燃える焚き火を囲んで一夜を過

ごします。



 舟井戸は水が流れる格好な場所。なるほど、川苔山山頂から尾根がこ

のあたりまで延びてきている気もします。各自、焚き火のわきに敷物を敷

き、横になります。シンシンと夜が更けていきます。はなしも話題がなくな

ります。



 遠くから聞こえる動物や野鳥の鳴き声。ろくに寝られはしませんが何と

なくウトウトしているうちに、うっすらと明るくなりました。そのうちあっちでゴ

ソゴソ、こっちでゴソゴソと起き出します。そしてそろそろ朝食の準備にか

かります……。あのころは元気だったなア。



▼川苔山【データ】
【所在地】
・東京都西多摩郡奥多摩町。JR青梅線鳩ノ巣駅の北西5キロ。青梅
線鳩ノ巣駅から歩いて3時間45分で川苔山(二等三角点名火打石
1363.20m)がある。
【位置】
・二等三角点:北緯35度51分2.89秒、東経139度6分24.77秒
・基準点名:火打石
【地図】
・2万5千分の1地形図「武蔵日原(東京)」



▼【参考文献】
・『奥多摩』宮内敏雄(百水社)1992年(平成4)
・『奥多摩風土記』大館勇吉著(武蔵野郷土史研究会)1975年(昭和
50)
・『角川日本地名大辞典13・東京都』北原進(角川書店)1978年(昭和
53年)
・『植物の世界12巻・139号』(週刊朝日百科)(朝日新聞社)1996年
(平成8)年
・『世界の植物巻10・113号』(朝日新聞社)1978年(昭和53)年。
・『新日本山岳誌』日本山岳会(ナカニシヤ出版)2005年(平成17)
・『日本山名事典』徳久球雄ほか(三省堂)2004年(平成16)

 

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