『新・山の神々いらすと紀行』
画と文・とよだ 時

第3章 関東の山々

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■10:奥武蔵・武甲山・武甲山の地名伝説

【概略】
日本武尊が山頂に武具、甲冑を埋めたから武甲山、また秩父の向こ
う山(武甲山)、また山ろくの武光ノ荘(たけみつのしょう)があ
り、武光山が武光(ぶこう)になったという説。ここ原産のチチブ
イワザクラ、チチブハイゴケなどの特殊植物群落は国の天然記念物。
・埼玉県横瀬村と秩父市との境

■10:奥武蔵・武甲山・武甲山の地名伝説


【本文】

1979年(昭和54)から石灰岩採掘のため山頂が削られ、いまでは41

mも低くなった埼玉県奥武蔵の武甲山(ぶこうさん)。この山の石

灰岩を石灰にする事業は幕末から行われていたそうです。



その埋蔵量は30億トンともいわれ、セメント材料として本格採石が

はじまったのは1917(大正6)年、いまでは7企業年間1千万トン

以上も採掘されています。



武甲山名はヤマトタケルが山頂に武具、甲冑を埋めたからその頭の

字をとって「武甲」といったという説や、秩父の向こうにあり「向

こう山」がなまって「む(ぶ)こう」になったという説などありま

す。



また、かつて山ろくに「武光ノ荘(たけみつのしょう)」があり、

武光山(たけみつやま)が次第に武光(ぶこう)になったという説

もあります。この説は江戸時代(文化12・1815年)、斎藤鶴磯とい

う人が著した『武蔵野物語』という本のなかで書いたのだそうです。



しかし、神がかりな神聖な山として取り扱っていた幕府は「けしか

らん」として、発禁にしたといういきさつがあるそうです。武甲山

にはここを原産地とするチチブイワザクラ、チチブハイゴケなどの

特殊植物群落があり、国の天然記念物になっています。



なお、チチブイワザクラは保護指定地に移植され、毎年4、5月に

地元の自治体で展示もしており、絶滅の心配はないとの情報もあり

ます。



▼【データ】
【山名】・日本武尊が戦勝を祈って武兜を奉納した伝説。(深田クラ
ブ選定・200名山)

【所在地】
・埼玉県秩父市と埼玉県秩父郡横瀬町との境。秩父鉄道浦山口駅か
ら歩いて2時間40分で武甲山。二等三角点(1295.4m)と写真測量
による標高点(1304m)と武甲御岳神社の祠がある。地形図に山名
と三角点の標高と標高点の標高、神社記号(鳥居)の記載あり。
【位置】
・標高点:北緯35度57分5.72秒、東経139度05分52.05秒
・三角点:北緯35度57分06秒、東経139度05分53秒
【地図】
・2万5千分の1地形図「秩父(東京)」



▼【参考】
・『日本山名事典』徳久球雄ほか(三省堂)2004年(平成16)
・『増補ものがたり奥武蔵』神山弘ほか(金曜堂出版部)1984年(昭
和59)

 

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