『新・山の神々いらすと紀行』
画と文・とよだ 時

第3章 関東の山々

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■05:庚申山の親子怪人

【概略】
埼玉県の医師・鈴木弘覚が庚申山に薬草採りに登った時、不思議な
怪人親子の水浴びを目撃。長い髪を垂らし、腰には木の葉のような
ものをまとっているだけの裸。同行の土地の老案内人は「30年前
は子どもはいなかった」。どうやらその後、子供が産まれていたら
しい。庚申山は不思議な山だ。
・栃木県日光市

■05:庚申山の親子怪人


【本文】

奇岩がつづく庚申山(1892m)は、道すじなどでよく見かける庚

申塔でおなじみ「庚申待ち」の総本山です。庚申講は江戸末期にと

くに盛んになり、庚申山「お山廻り」が流行します。



当時、講に参加する人が江戸市中だけでも3千人もいたというから

ただごとではありません。お陰で通洞付近の宿はにぎわったといい

ます。庚申山は、申が猿に通じるため「猿の浄土」とも呼ばれます。



ここも不思議な山で、かつて年を経た白い猿がいたと伝え、山男や

山婆などいろいろな伝説が数多くあります。こんな山の奥深くで天

狗とも仙人ともつかない不思議な子連れ夫婦を見たという人がいま

す。



埼玉県埼玉郡麦倉(いまの北川辺町麦倉)に住んでいた医師・鈴木

大三郎弘覚が薬草採りに入山して数日、人も来たことのない谷川の

岩陰で不思議な親子連れが水遊びをしているのを目撃しました。



長い髪をうしろに垂らし、腰のまわりは木の葉のようなものをつけ

ているだけの裸だったという。そばにいた土地の老案内人たちと息

を呑んで見入っているうち、やがて3人は連れだって木立の中に消

えていったという。



案内人は「30年前木こりの先輩と1度だけ彼らを見たことはある

が、その時は子どもはいなかった」と話したという。どうやらその
後、怪人たちの間に子供が産まれていたらしい。



鈴木弘覚は江戸後期の人で、一名庚申山弘覚坊とも呼ばれた篤志家

で医療のかたわら、師弟に学問を教え、農林振興にも寄与、大いに

慕われ敬われたという。



1894年(明治27)、72歳で没すると里人はその徳を讃え、功徳碑

を建ててあるそうですがまだ確認していません。



▼庚申山【データ】
【山名・異名】庚申山(こうしんざん)
・【由来】:庚申信仰。年劫を経た白猿が棲んでいたといい、猿が申
に通じることから庚申山と呼ばれた。猿の浄土とも呼ばれた。
【所在地】
・栃木県日光市(旧上都賀郡足尾町)。わたらせ渓谷鉄道通同駅の
北西6キロ。わたらせ渓谷鉄道通胴駅からタクシー・銀山平から3
時間20分で庚申山。写真測量による標高点(1892m)がある。地
形図に山名と標高点の標高記載あり。標高点から東方513mにコウ
シンソウの自生地がある。東南730mに庚申山荘がある。
【名山】
・日本山岳会選定「日本三百名山」(×選定外):日本百名山以外に
200山を加えたもの。
・岩崎元郎選定「新日本百名山」(×選定外)
【位置】
・標高点:北緯36度40分23.11秒、東経139度21分40.54秒
【地図】
・2万5千分の1地形図「皇海山(日光)」



▼【参考】
・『図聚天狗列伝・東日本編』知切光歳(三樹書房)1977年(昭和5
2)
・『仙人の研究』知切光歳(大陸書房)1989年(平成元)
・『天狗の研究』知切光歳(大陸書房)1975年(昭和50)

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