『新・山の神々いらすと紀行』
画と文・とよだ 時

第1章 北海道の山々

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▼04:幌尻岳と源義経伝説

【略文】
ポロシリはアイヌ語で大きな山。山ろくには義経神社、義経公園、
静御前碑、義経峠などがあり、義経伝説があるところ。岩手県衣川
から北海道に逃れた一行は羊蹄山麓をまわり、いまの平取町に落ち
着いた。そこで義経はオキクルミ王と敬われ、神としてまつられた
という。
・北海道平取町と新冠町との境。

▼01-04:北海道・幌尻岳と源義経伝説


【本文】

幌尻岳(ぽろしりだけ)は、北海道平取町と新冠(にいかっぷ)

町との境にある山。ポロ・シリはアイヌ語で「大きな・山」の意味

だそうです。その名のように、北海道南部を北から南に貫く日高山

脈で、ただひとつ標高2052mと2000mを超す山です。日高山脈襟

裳国定公園内の特別保護地区で『日本百名山』にも選定されていま

す。



また十勝側にも同名の山「十勝幌尻岳」があり、それに対しこちら

を「日高幌尻岳」と呼んで区別します。この山には氷河の痕跡とさ

れるカールが七ツ沼、北、東と3つもあります。なかでも山頂の北

東にある七ッ沼カールは、夏は高山植物のお花畑が広がって美しく

テント場としても絶好の場所です。しかし、そこは北方にある戸蔦

別岳に向かい、稜線を約1キロほど歩き、稜線から急で危険箇所を

降りなければなりません。



その七ッ沼カールに伝わる伝説です。その昔、日高に住むアイヌが

幌尻岳に登り、大きな沼を見つけました。その沼には白い熊が遊ん

でいました。白熊と七ッの沼、その神秘な光景にアイヌはしばらく

見とれていました。すると突然何者かがあらわれていいました。「こ

こで目にしたものは誰にも話してはならぬぞ」といって消え去りま

した。



ところが、アイヌは村に帰りそのまま話してしまいました。その後

彼は、家を出たまま帰らなかったという。それからというもの、白

熊のすむ美しい沼は人々から恐れられたということです。



ところで幌尻岳山ろくの平取、新冠(にいかっぷ)は、義経渡来伝

説があるところ。平取町には義経神社、義経公園、常磐御前碑、静

御前碑、義経峠。また 新冠町には判官館森林公園というのもあり

ます。そのほか道内各地には義経にちなんだ地名遺跡がたくさんあ

るのです。



鎌倉時代のはじめの文治5年(1189)、源義経は藤原泰衡の裏切りに

あい、衣川(岩手県胆沢郡)で生涯を終えたという。しかし、討た

れた義経は影武者で、本物の義経はひそかに落ち延びて、青森県の

竜飛岬から津軽海峡を渡り、北海道に逃れたという伝説があります。

さらに大陸に渡り、やがて成吉思汗(ジンギスカン)になったとい

うのです。



徳川幕府の大学頭であった林羅山も著書『本朝通鑑』に「衣川之役、

義経死セズ、逃レテ蝦夷島ニ至ル」と記しています。幌尻岳山ろく

平取町にある義経神社の社伝には、義経一行は蝦夷地白神(現福島

町)に渡り、西の海岸を北上し、羊蹄山麓をまわり、日高ピラトリ

(現平取町)のアイヌ集落に落ち着いた。そこで義経は外国の侵攻

からアイヌ民族を守り、そのかたわら農耕、舟の作り方と操法、機

織などを伝授しました。



アイヌの民からは「ハンガンカムイ」とか「ホンカンカムイ」(ア

イヌ伝承の創造神であるオキクルミの再来)と呼ばれ敬われ、のち

には神としてまつられたといいます(『続本朝通鑑』など)。しかし

これには異論もあり、それは先の話とは逆の「義経はアイヌ民族か

ら宝物を奪った大悪人」というアイヌ民族の言いつたえもあるそう

です。



さらに幌尻岳山頂には大きな湖があるという伝説があります。アイ

ヌ語で「カイカイゥシト」あるいは「カイカイウント」と呼ばれる

湖だという。そこは海のようにさざ波がたち「「昆布や海の魚もす

む霊沼」だといいます。そして「見た人は必ず死ぬ」とも伝えられ

ます。



ポロシリ岳をつかさどる神は、周辺の山々の神を統帥する強大な権

力をもち、口承文芸の中にもそのような神々が描写されたものがあ

るそうです。一方ではポロシリ岳の神は「豪雄な神」あるいは「嫉

妬深い恐ろしい神」ともいわれてもいます。



また、江戸時代末期(幕末)から明治にかけての探検家、松浦武

四郎はその著『東蝦夷日誌』で幌尻岳に触れ、新冠川の源流を「ポ

ロシリ岳と云、峨々たる高山、実に神仙の域境なりと。堅雪の時

上るに、七日にて到る此と」と記しています。



ここに三角点を置いたのは陸地測量部の吉野半平ら。1913年(大

正2)5月に三角点選点を行いました。その後、1925年(大正14)

夏、北海道大学の伊東秀五郎らがピパイロ岳、一九六七峰、戸蔦別

岳を経て幌尻岳に登頂。この時の記録に「ピパイロ岳から幌尻岳ま

での尾根の縦走はさほど困難ではない。大正9(1920)年の測量の

時の苅分の跡がかすかに残っていた」とあります。5年前の測量の

時の調査の時の踏み跡があったのですね。



幌尻岳の山頂は展望が雄大で、日高山脈の峰々から、遠く芦別岳、

大雪山、十勝連峰、はるかに羊蹄山まで望めます。植物も豊富で、

オオバキスミレ、エゾハクサンチドリ、キバナシャクナゲなどが咲

きます。7月に咲くエゾサイコは幌尻岳とアポイ岳にしか見られな

い珍種だそうです。




▼幌尻岳【データ】
【所在地】
・北海道日高市庁沙流郡平取町と新冠郡新冠町との境。JR日高
本線富川駅からバス、振内案内所バス停、タクシー(1:10)で林道
(第一)ゲート、歩いて5時間30分で幌尻山荘、さらに歩いて5
時間で幌尻岳。2等三角点(2052.36m)がある。
【名山】
・「日本百名山」(深田久弥選定):第8番選定(日本二百名山、日
本三百名山にも含まれる)
【位置】
・2等三角点2052.36m:北緯42度43分09秒.9665、東経142度
40分58秒.4171
【地図】
・旧2万5千分1地形図名:幌尻岳



▼【参考文献】
・『角川日本地名大辞典1・北海道(上)』(角川書店)1991年(平
成3)
・『新日本山岳誌』日本山岳会(ナカニシヤ出版)2005年(平成17)
・『日本架空伝承人名事典』大隅和雄ほか(平凡社)1992年(平成
4)
・『日本三百名山』毎日新聞社編(毎日新聞社)1997年(平成9)
・『日本の山1000』(山と渓谷社)1992年(平成4)
・『日本歴史地名大系1・北海道の地名』高倉新一郎ほか(平凡社)
2003年(平成15)年

 

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