『新・山の神々いらすと紀行』
画と文・とよだ 時

第1章 北海道の山々

………………………………………………

▼03:乾いた、焼けた、十勝岳

【略文】
十勝岳の十勝はアイヌ語でトカプチ、トカプが変化した乾いたと
か焼けた、突き出たの意。またポロシリと呼ばれ大山、親山の意
味。さらにトカプウシ(乳房のあるところ)に由来とか、ツカプ
・チ「幽霊→強暴」の意など。アイヌ語が絡むと山の名はさらに
難解になります。
・北海道新得町と美瑛町、上富良野町。

▼03:乾いた、焼けた十勝岳


【本文】

北海道中央部にある十勝岳(とかちだけ・2077m)は、新得町と

美瑛(びえい)町、上富良野町にまたがる十勝岳連峰の主峰。スキ

ーで有名なところです。ここは十勝岳を中心とするランクAの活火

山。山名についてはいろいろで、十勝とはアイヌ語で「トカプチ」

または「トカプ」などの言葉が変化したものと思われ、「乾いた」

とか「焼けた」あるいは「突き出た」などの意味がある(『新日本

山岳誌』)とするもの。



十勝岳はアイヌ語ではポロシリとも呼ばれ、「大山あるいは親山」

の意味で、アイヌの崇めるお山である(『日本三百名山』)とするも

の。また、アイヌ語のトカプウシ(乳房のあるところ)に由来する

(『日本山名事典』)とするもの。さらには、アイヌ語のツカプ・チ

「幽霊→強暴」の意からきていて(『日本山岳ルーツ大辞典』)、十

勝アイチは強暴だったと伝えられている、などがあります。



1892年(明治25)に書かれた記事によるとそれより数年前に頂上

へ登った人の話として「オプタテシケと称するは唯に一峰をさせる

語に非ずして、トカチカ川水源なるトカチ岳より……ホロカメトッ

の山岳に至る全部を総称するものなり。オプタテシケの最高点は六

千五百七十尺ほどにして……」とあり、いまの十勝連峰のことを昔

はオプタテシケと呼んだという。オプタテシケの主峰に十勝岳とい

う名が固定したのは明治20年(1887)代であろうと思われる(『日

本百名山』)という。



この山は、コニーデ型の活火山(成層火山とも呼ばれ、円すい型の

姿)だそうです。噴煙が高く昇っているのが1962年火口で、真ん

中に大正火口(1926年(昭和元)爆発)、その左側に昭和火口(1927

年(昭和2)大爆発)。なかでも1926年(昭和元)の爆発は壮烈で、

吹き出た泥流が熱と泥の山津波になって山ろくの上富良野町を襲い

ました。十勝岳の登山口になっている望岳台(ぼうがくだい)の泥

流スロープはその名残です。また1962年(昭和37)に起きた大爆

発は、北海道東部の一帯に火山灰を降らせ、噴煙はナント13000m

もの高さにおよび、熱気による電光なども呼んだそうです。



北海道の山の探検記といえば、松浦武四郎が有名ですが、ここ十勝

岳の探検史は松田市太郎という人にはじまるという。江戸時代後期

の安政2年(1855)、函館奉行堀織部正が石狩川上流から北見まで

の本道開発を幕府に具申しました。これが契機となり、当時、石狩

詰めの足軽だった松田市太郎に、石狩川水源調査の命が下りました。



安政4年(1857)の3月から4月にかけての50数日間、当地では

まだ厳冬のころ十勝岳を踏破したという。「四月二十七日、ポンピ

エより川筋を上り、ワッカウエンベツを過ぎ南方焼山(当時の十勝

岳の名称)に登頂、辺一面樹木なし。廻り九尺位の焼穴あり噴煙甚

だし。その西方に回り、一杖余りの焼穴あり硫黄を採りて持参す」

との記録を残しています。ここにあるように、当時はまだ焼山とい

う名称しかなかったようです。この直後、松浦武四郎も同じく探検

をはじめましたが「焼岳」は「険しく登り難い」として引き返して

います。



1928年(昭和3)この山の登山路に九条武子の歌碑「たまゆらに

煙をさめて静かなる山にかへれば見るにしたしも」も建てられてい

ます。また小林多喜二の『監獄部屋』にも書き出し部分に十勝岳が

登場しています。春から夏のかけては、キバナシャクナゲ、コマク

サ、リンドウ、イワヒゲ、コケモモ、アオノツガザクラなどが咲き

乱れ、氷河時代の生き残りとされるナキウサギ、またエゾリスやシ

マリス、キタキツネなどの小動物がみられます。山頂からは十勝連

峰の山々、大雪山の山なみも見渡せます。




▼十勝岳【データ】
【所在地】
・北海道新得町と美瑛(びえい)町、上富良野町にまたがる。J
R富良野線美瑛駅からバス、白金温泉下車、タクシー(30分、6800
円)で望岳台。さらに歩いて4時間45分でさ十勝岳。写真測量に
よる標高点(2077m)がある。
【名山】
・「日本百名山」(深田久弥選定):第7番選定(日本二百名山、日
本三百名山にも含まれる)
・「花の百名山」(田中澄江選定・1981年):第7番選定
【位置】
・標高点:北緯43度25分2.9秒、東経142度41分2.59秒
【地図】
旧2万5千分1地形図名:十勝岳


▼【参考文献】
・『角川日本地名大辞典1・北海道(上)』(角川書店)1991年(平
成3)
・『新日本山岳誌』日本山岳会(ナカニシヤ出版)2005年(平成17)
・『日本山岳ルーツ大辞典』村石利夫(竹書房)1997年(平成9)
・『日本三百名山』毎日新聞社編(毎日新聞社)1997年(平成9)
・『日本山名事典』徳久球雄ほか(三省堂)2004年(平成16)
・『日本百名山』(新潮文庫)深田久弥(新潮社)1979年(昭和54)
・『日本歴史地名大系1・北海道の地名』高倉新一郎ほか(平凡社)
2003年(平成15)

 

………………………………………………………………………

目次へ戻る