『新・山の神々いらすと紀行』
画と文・とよだ 時

第1章 北海道の山々

………………………………………………

▼02:阿寒岳(雌阿寒岳・雄阿寒岳)

【略文】
北海道で阿寒の名がつく山は三座ある。活発に噴火する雌阿寒岳(め
あかんだけ1,499m)と、その南の阿寒富士(あかんふじ・1,476m)、
それに阿寒湖付近で噴火し、「パンケトー」、「ペンケトー」という
2つの湖を造った雄阿寒岳(おあかんだけ・1,370m)があります。
しかし、一般的に阿寒岳というと雌阿寒岳を指すことが多い。
・北海道足寄町と釧路市との境。

▼01-02:阿寒岳(雌阿寒岳・雄阿寒岳)


【本文】

北海道で「阿寒」というの名がつく山は3座あります。いまも活発

に噴火する雌阿寒岳(めあかんだけ)と、その南の阿寒富士(あか

んふじ)、それに雄阿寒岳(おあかんだけ)です。しかし、一般的

に阿寒岳というと雌阿寒岳を指すことが多いという。



雌阿寒岳(めあかんだけ・1499m)は、釧路市(旧阿寒郡阿寒町)

と足寄郡足寄町との境にある山。約2万年前から噴火をくり返し、

いまも噴煙の絶えることのない活火山です。アイヌ語でマチネシリ

といい「女山」の意だという。



このあたりは雌阿寒岳の雌山(マチネシリ)と、中雌岳(中マチネ

シリ)、小雌山(ポンマチネシリ)、阿寒富士からなっています。雌

阿寒岳山頂には、周囲1.5キロの第1火口があり、火口原には第2

火口と溶岩円頂丘が、そしてその北西部には第3火口があります。

最高峰のポンマチネシリはその寄生火山で、頂上には2重の爆裂火

口があり、1955年(昭和30)に起きた水蒸気爆発が、その後断続

的に続いているそうです。直径400mの噴火口の底に赤沼、青沼が

あります。



頂上からの眺望は四囲に開け、眼下には阿寒湖、雄阿寒岳、西方に

は大雪連峰(たいせつれんぽう)や日高山脈まで遠望できます。雌

阿寒岳の山麓は、アカエゾマツ、トドマツの樹林帯がわ美しく広が

っています。ここにはこんな伝説があります。



昔、アイヌの人たちは、雌阿寒岳の南にある山を、ユッラン・ヌプ

リ(シカの下る山)と呼んでいました。阿寒の山々には、草や樹木

が豊かに生える森でありました。時が移りいつのころからかササが

はびこりはじめ、草や木がササにはばまれて育たなくなってしまい

ました。



この様子を天から見た「シカ族の神」は、森を救おうと、エゾシカ

を入れた大きな袋をこの山に降ろしました。エゾシカはササの葉を

ムシャムシャと食べて、やがて阿寒の山々に緑の森が戻ってきたと

いう。ユッラン・ヌプリのシカはアショロ・ヘツから十勝、日高、

さらには北見の方まで広がっていき、先々まで緑の森ができていき

ました。



それからというもの、アイヌに人たちはユッラン・ヌプリの山中で

猟をするときは神に感謝し、必ず木弊を捧げるようになったという

ことです。



この山の高山植物は1886年(明治19)に北海道大学の宮部金吾が

命名したメアカンフスマ、1897年(明治30)に川上滝弥が採集し

牧野富太郎が命名したメアカンキンバイがあります。7月〜8月に

はお花畑は満開で、メアカンキンバイ、メアカンフスマのほか、コ

マクサ、タルマイソウ、アカンサキスゲなどが目を楽しませてくれ

ます。



幕末から明治にかけての探検家、松浦武四郎は、雪道をたどって、

「マチ子(ね)シリ」に登り、『戊午日誌(ぼごにっし)』(1858年

・安政5年)に、「頂上に到る。此処より東を見る哉、アカン沼を

眼下に見、其を越(え)てピン子(ね)シリ、其を男アカンと云。

ピンは雄也、マチ子(ね)は雌也、合わせて是を雌雄の山と云」

と書いています。



雌阿寒岳の南方、約1キロの山腹には阿寒富士(1476m)があり

ます。十勝地方足寄(あしよろ)町と釧路地方阿寒町・白糠(しろ

ぬか)町にまたがり、名前のように、山体がきれいな円錐形で富士

山のようなところからきています。山頂に2つの爆裂火口があり、

約2000年前の噴火でできた、阿寒湖の寄生火山だそうです。



この噴火の溶岩流でせき止められてできたのが、山麓西側の湖オン

ネトー(アイヌ語で年老いた沼、大きな沼の意味)だという。雌阿

寒岳北東方向には雄阿寒岳(1371.2m)があります。釧路地方阿寒

町にあり、アイヌ語のピンネシリ(男山の意)。



1万年も前から火山活動がはじまったといい、西麓には溶岩流で

せき止められた阿寒湖があり、北東の山麓にはパンケトー(アイ

ヌ語の下の湖の意味)とペンケトー(上の湖の意味)と呼ばれる

湖ができたという。頂上からは阿寒湖、パンケトー、ペンケトー

をはじめ、雌阿寒岳、斜里岳、釧路湿原などを望めます。



先の探検家、松浦武四郎の『戊午日誌(ぼごにっし)』によれば、

「ピイ子(ね)シリ。是前に云雄阿寒岳なり。山、雌岳よりは少し

大きくして聊(いささ)か穏(おだやか)。麓より峰まで椴(トド

マツ)並(ならび)に松等(など)鬱叢(うっそう)ととして天日

をも漏らさぬ計(ばか)りになりたり」などとの記録があります。



▼雌阿寒岳【データ】
【所在地】
・北海道足寄郡足寄町と釧路市(旧阿寒郡阿寒町)との境。JR
根室本線釧路駅からバス、阿寒湖バス停下車、雌阿寒温泉行きバス
に乗り換え、雌阿寒温泉で下車。さらに歩いて3時間で雌阿寒岳。
標高点(1499m)がある。

【名山】
・「日本百名山」(深田久弥選定):第4番選定(日本二百名山、日
本三百名山にも含まれる)
・「新日本百名山」(岩崎元郎選定):第3番選定
・「花の百名山」(田中澄江選定・1981年):第2番選定

【位置】
・標高点:北緯43度23分11.47秒、東経144度0分32.73秒

【地図】
・旧2万5千分の1地形図:雌阿寒岳



▼【参考文献】
・『角川日本地名大辞典1・北海道上巻』編(角川書店)1991年(平
成3)
・『新日本山岳誌』日本山岳会(ナカニシヤ出版)2005年(平成17)
・『日本三百名山』毎日新聞社編(毎日新聞社)1997年(平成9)
・『日本山名事典』徳久球雄ほか(三省堂)2004年(平成16)
・『日本歴史地名大系1・北海道の地名』高倉新一郎ほか(平凡社)
2003年(平成15)

 

………………………………………………………………………

目次へ戻る