『新・ふるさとの神々』(上)加筆
第4章 天狗神

……………………………………………………

▼04-33「天狗の食べ物・生活」

【略文】

天狗はどんなものを食べているのか興味のあるところ。江戸時代後
期、天狗にさらわれ、一緒に生活した少年寅吉の話では、「天狗は
食いたい時に食いたいものを食っている」。天狗たちは、毎日村々
からお膳が供えられ、弟子までが十分に食べられていた。しかし、
人間の目には供え物はぜんぜん減らず、そのまま残ったままだとい
う。

▼04-33「天狗の食べ物・生活」

【本文】
★【食べ物】
 天狗はどんなものを食べているでしょうか。文政3(1820)年と
いうから江戸時代も後期、江戸下谷の長屋から天狗にさらわれ、茨
城県岩間山(十三天狗として有名)でしばらく天狗と一緒に生活し
たという少年がいました。寅吉といい、当時、天狗小僧寅吉と大変
評判になったといいます。それを聞いた国学者の平田篤胤が毎日の
ように寅吉のところに通い、話を聞き「仙境異聞」という本にまと
めました。

それによると、天狗は食いたい時に食いたいものを食っている。こ
とに連れて行かれたところの十三天狗は、毎日村々からお膳が供え
られ、弟子までが十分に食べられていた。しかし、人間の目には供
え物はぜんぜん減らず、そのまま残っている。供え物は減らなくて
も、天狗の方では充分に食っている。

もしウソだと思うなら、オレ(寅吉)が茨城県の岩間山へ行ったあ
とで、食わせたい物を棚へ供えてみてください。あとで戻ってきた
とき、その食べ物のお礼をいいます。とだいたいそんなことをいっ
た。のち、寅吉が山から帰ったとき、確かにその時の供え物の名前
を言い当て、お礼をいったといいます。

 天狗も自分で炊事をすることがあって、鍋や釜まで備えてあった
という。食べ物は、魚や鳥を煮たり焼いたり、また生のままでも食
べるが、4本足の動物はけがれがあるので食わない。ネギは臭くて
も食うという。

好きなものにタニシ、もち、ミカン、ブドウなどがあり、保存食と
して、「アリ」というものがあるそうです。「アリ」は、イチゴ、ク
ワの実、ウメ、エビカズラ、カキ、クヌギの実(ドングリ)などの
ほか、草などの甘い実を集め、固い岩のくぼみに皮をつけたまま入
れる。クリは水気がないので良くないという。

 こうして雨や雪の入らない所に長い間おいておけば、自然に熟し
てとろりとなってわき上がり水が上に澄んでくる。うわ水は甘いの
で飲み、正味の所はワラビ粉を練ったように底に固まる。それをう
わ水でひたして飴を引き延ばすようにすれば白くなる。それを日で
乾かし堅めるのだという。それを少し食べれば、200日はお腹がす
かないというから欲しいものです。「アリ」とは珍しい名前ですが、
仙人食にも大体似た方法で製した丸薬があります。

★【天狗の寿命】
 江戸時代の国学者平田篤胤が天狗小僧・寅吉に話を聞いえ書いた
「仙境異聞」という本の中で天狗にも寿命があるかと質問していま
す。寅吉は「天狗は二百歳、三百歳、五百歳、一千歳になった天狗
もいるし、岩間十三天狗のひとりで寅吉の師匠・杉山僧正や、同じ
く古呂明兄弟は三千歳を越えていると聞いている。また白石左司馬
(丈之進の天狗名)は、筑波の神人から天狗になったのは元禄13
年(寅吉の話より120年前)と聞いているが、今でも20歳位に見
える」などともいっています。

★【飛行の仕方】
 また天狗が空をどういうふうに飛ぶのかという質問には、「雲な
のかわからないが、綿を踏んだような気持ちで矢のように飛んだ。
風に吹き飛ばされているたよう感じだった。耳がグ〜ンと鳴ったの
を覚えている」とあります。寅吉は月のすぐ近くまで飛んだときは
大層寒かったが、太陽の間近を通ったときは、暑くてたまらなかっ
たなどとも話しています。

 「羽うちわの使い方は、空をさし目的をきめてから飛び上り、羽
うちわで場所を定めて降りる。空を飛ぶときの梶のようなもの」だ
といいます。これは大天狗だけの持ち物で、寅吉のような者は一人
で飛ぶときは、師匠の物を借りて行くのだそうです。羽うちわは空
を飛ぶ時ばかりでなく妖魔を打ち払ったり、悪さをする獣や悪鳥な
どを打ちつけたりもするそうです。天狗は護身術のため相当厳しい
修業をしているとのこと。けいこ場は同じ筑波山塊でも岩間から大
分離れた加波山にあって、剣道の棒術に力を注ぎ石打ちなどの練習
もするそうです。

そのほか「天狗も人間と同じように夜に寝るが、師匠は寝られれば
10日も20日も高いびきで寝つづける」し、「師はどうか分からな
いが、我々は夢など家にいる時と変わらずに見る」とか、「ほかの
山は知らないが、茨城県岩間山には女の天狗はいない」、また何か
教えてもらいたい時に、山へ入って会ってもらえるか、という問い
に「それはできない。そんなに自由に会えるようでは、仙境(天狗
の世界)と俗世との区別がなくなってしまう」などともいっていま
す。

そのほかの質問をならべてみますと
★【人間をさらったり、引き裂いたりするのか】
「天狗にも邪あり、正あり、猛烈なるあり、温和なるあり。気性の
激しい天狗は、そのようなはなはだしき行為をすることもあるなり」

★【人に夢を見せたり、何かを知らせたりできるか】
「神通自在なるゆえ、夢を見させる方法もありと聞きたり。ただし
その法は人の夢枕に立つ事故に、さとす方でも、さとそうと思うか
ら苦しく、さとされる方もはなはだ難儀なりとぞ」

★【天狗の姿格好】
天狗の姿については、「(杉山僧正は)四十歳ばかりに見えて、髪の
毛は生えるままに、腰の辺まで垂れたるに、真ちゅうの鉢巻のごと
きをはめ、山伏の衣袴を着る。緋衣なり。身長は常人より五寸ばか
りも高し、常々座禅を組み内縛の印を結び、呪文を唱え居らるるな
り。また太刀をもさすなり」。これはふつうの天狗とあまり変わら
ないようです。

★【お金はどうしているか】
「多く入用なる時は、どこかへか行きて持ち帰るを時々見たり。き
っと海や陸に捨ててあるものを拾って来るなるべし」と答えていま
す。これは平田篤胤が寅吉から聞きただしているのを、門人の松村
完平という人が筆記しものといいます。皆さんはどう思いますか。

▼【参考文献】
・『雨月物語』上田秋成:日本文学全集・13『雨月物語・春雨物語・
世間子息気質・東海道中膝栗毛・浮世床』円地文子ほか訳(河出書
房新社)1961年(昭和36)
・『今昔物語集』(巻第二十):日本古典文学全集24『今昔物語集3』
馬淵和夫ほか校注・訳(小学館)1995年(平成7)
・『新著聞集』椋梨一雪原著、神谷養勇軒編。:(『日本随筆大成第
二期第5巻』日本随筆大成編輯部編(吉川弘文館)1994年(平成
6)所収
・『図聚天狗列伝・東日本』知切光歳著(三樹書房)1977年(昭和
52)
・『図聚天狗列伝・西日本』知切光歳著(三樹書房)1977年(昭和
52)
・『天狗の研究』知切光歳(大陸書房)1975年(昭和50)

 

 

【目次】へ(プラウザからお戻りください)
………………………………………………………………………………………………